『短編』高嶺の花のハナさんはブタの鼻だった話

一滴一攪

第1話 プロローグ

祝日の快速列車──

朝の通勤ラッシュと比べれば人の数は少ないが、席の全て埋まり、つり革や手すりに掴まって立つ人がちらほら。


パンデミックが起こってから誰もがマスクをし、身体から音を出すことすら憚れるような現在、一人の青年の声が車内に響き渡る。


「あぁ・・・漏れそう」


その一言で列車内の全ての人がスマホの画面から、腹を抱える青年へと視線を移す。


「これはヤバいな・・・すみません、そこのご婦人!!」


青年は離れた扉近くの手すりに掴まる年配の女性に話しかける。


「そこの扉が一番駅のトイレに近いから変わってください!!」


「えっ・・・」


「どうぞ、座ってください!!」


青年は理解出来ずに戸惑う女性を見て、普通に、親切で優しい人がご老人に席を譲るときと同じようなセリフで席を変わるように言う。


青年の名前は大柴守おおしば まもる

本当は彼に便意はない。

ただご老人にがためだけについた嘘である。

回りくどい譲り方になったのは彼なりの気遣いで、お年寄りだから席を譲ったのだと気づかせないためだ。


彼の嘘は優しさが多く含まれていて、それだけ透明であるのですぐにバレる。

現にまもるは席を譲った老人に「ありがとう」と言われる始末だ。


感謝された守は引っ込みがつかなくなり、顔を真っ赤にしながら腹が痛いふりを続けている。


周囲はそんな守に温かい視線を送る。



ただ一人を除いては・・・





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