合流 2

 ひらりと手を振った王に深々と頭を下げてから、レクシリアがつかつかと歩み寄ってくる。しかし、グレイの方は動く様子がなく、彼は王の傍らの少年を見て何故か驚いた表情をしていた。

「……ち、ちよ、」

「ロステアール国王陛下!」

 何かを言いかけたグレイだったが、レクシリアの強い声がそれを遮った。

「そう大声を出さずとも聞こえている。ほら、キョウヤが怯えてしまっているだろうに。大丈夫だぞ、キョウヤ。少しばかり小言がうるさい男ではあるが、怖がることはない」

「は、はぁ」

 大声は苦手なので少しばかりびくっとしてしまったが、王が言うほど怯えていたわけではない。

「なんですかこの腕は! 何故グランデル国王ともあろうお方が火傷など負うのです!」

「いやあ、まあ、色々とあってな」

「大切なお身体だということをもっとご自覚くださいませ!」

「判った判った。判ったから、会ってそうそう説教をするな」

 困った顔をして見せた王に、レクシリアが一瞬眉を吊り上げた。尤も、すぐにその表情は元の温和そうなものに戻ったが。

「畏れながらお説教を続けさせて頂きます、陛下。我ら臣下一同、陛下のご命令とあれば、いついかなる時もどのような場所へでも、必ず馳せ参じましょう。しかしながら、それにしても此度のこの招集は、些か急が過ぎるのではないでしょうか? この時期に、王陛下はおろか宰相までもが国を留守にするなど、前代未聞、……ではないあたりがグランデル王国が他国から笑われる所以である訳ですが、」

 ごほん、と咳払いをした宰相が、王を睨む。

「とにかく、お願いですからもう少しお早目のご連絡をお心がけください。お陰様で、」

「留守を任せる準備に二日。ここまで来るのに一日、と言ったところか。さすがはレクシィ、私が期待した通りの仕事をこなしてくれるな」

 にこりと笑った王に、レクシリアがぐっと言葉を詰まらせて視線を彷徨わせる。

「ちょっとアナタ、またそうやって簡単に誑かされるんですから。大好きで大好きでたまらない王陛下に褒められて嬉しいのは判りましたから、説教くらい最後までやり通したらいかがです?」

「判っています。それから、別に大好きではありません」

 呆れたようなグレイの言葉にレクシリアが反論したが、グレイは残念なものを見る目で宰相を見返したのだった。

「というか国王陛下」

 レクシリアから国王に視線を移したグレイが、ちらりと少年を見る。探るような視線に居心地の悪さを感じた少年は、しかしグレイの見た目に内心でとても驚いた。

「そちらの方は、どなたです? 随分オレに似ていらっしゃる気がしますが」

 グレイ言葉の通り、少年とグレイは、年齢こそ違うものの、兄弟かと見紛うほどに似通っていたのだ。

「まさかそいつもエトランジェなんじゃ」

「いいや、違うな。この子はキョウヤ・アマガヤ。正真正銘この世界で生まれた子だ。お前と違ってな。まあ後できちんと説明してやるから待て。なんとはなくだが、予想はついている」

 きっぱりと言い切った王に、しかしグレイは眉を寄せた。

「……天ヶ谷って、やっぱり同じじゃあないですか」

「あ、あの、どういうことですか……?」

 おずおずと尋ねる少年に、王が答える。

「そこのお前によく似た男の名は、グレイ・アマガヤ。色々あって別の次元からやってきた異邦者エトランジェなのだ。ついでに紹介すると、あちらの金髪の美形は、レクシリア・グラ・ロンターと言ってな。グランデル王国の宰相にして、ロンター家の当主でもある、私の従兄弟だ」

 王の言葉に、レクシリアが軽く会釈する。

「はじめまして。レクシリア・グラ・ロンターと申します。この度は我が国の陛下が大層ご迷惑をおかけしたそうで、大変申し訳ありません」

「え、いえ、そんな」

「おお、そうだ、レクシィ」

「……そのレクシィという呼び方は女性名を彷彿とさせるので止めてください、と何度もお願い申し上げているはずですが」

「元々お前の名前は女性名だろうに。そんなことはどうでも良いから、キョウヤのこの怪我を治してやってくれんか。知っての通り、私は回復魔法が使えんのだ」

 その台詞に、レクシリアが盛大な溜息を吐くのとグレイが叫ぶのが、同時だった。

「テメェ! ふざけんのも大概にしやがれポンコツ!」

「一国の王にポンコツはないだろう」

「うるせェ! テメェなんぞポンコツで十分だこの馬鹿王! テメェが考えなしにぶっ放した極限魔法の処理するためにリーアさんがどんだけ危険なことしたと思ってんだ! この人の魔力もうほとんどスッカラカンなんだぞ! そんな状態でよくも魔力消費の激しい回復魔法使えだなんて言えたもんだな!」

 グレイの叫びに、しかし王はきょとんと首を傾げた。

「危険と言うが、お前が魔術で管理をしていたのだろう? ならば危険などないだろうに」

「~~っ、このっ……!」

 こういうところが厄介なのだ、この王は。この、完全にグレイを信用しきっているからこそ出した指示だという態度が、心底腹立たしい。その信用が、王の正当な評価の元に成り立っているものであるというのも、悔しいところである。そして、それを正しく理解しているからこそ。王が言うのならばそれが真理であると知っているからこそ。魔術師として真に優れていると認められることを喜ばざるを得ない自分に、腹が立って仕方がない。

 天ヶ谷グレイは一切の欲目なしに至極優秀な魔術師であるからこそ此度の一件を任せたのだ、と。他でもないこの王にそう言われてしまえば、引き下がらざるを得ないのだ。

 しかし、自分のことは良いにしても、レクシリアの件はまた話が別である。

「リーアさんの魔力が底をつきかけてるのは事実なんだから、これ以上無茶させるわけには、」

「グレイ」

 ぽん、と、グレイの肩にレクシリアの手が乗せられた。そのままぐいっと身体を引かれ、グレイが一歩下がるのと入れ替わるようにレクシリアが前へ出る。

「倒れるから頼む」

 小さな声で囁かれ、グレイは一瞬言葉詰まらせた後、盛大にため息を吐き出した。

「ほんっとうにしょうがない人ですね……」

 呆れたような声を聞き流して、レクシリアは少年の前に膝をついた。

「まずはそのナイフを抜かなければなりません。どうなさいますか?」

 見上げてきた宰相の顔が美しくて、少年は思わずじっと彼を見てしまった。

(綺麗な人だな……)

 ぽやっとした表情で見つめてくる少年に、レクシリアがにこりと微笑む。

「私の顔に何かついていますか?」

「え、あ、いえ、なんでもないです。すみません……」

「別に何も悪いことなどないのですから、謝らないでください。それよりも、そのナイフはどうなさいますか?」

「あの、どう、とは……?」

 首を傾げた少年の疑問に、王が答える。

「自分でナイフを抜くか、誰かに抜かせるか、という話だ」

 王の言葉に、少年がまた青褪める。確かに、抜かないで回復魔法を使えば、肉がナイフを巻き込んだ状態で治癒してしまうのだろう。だが、だからといってこれを抜くというのは、なかなか勇気のいる話だった。

「……じ、自分で、やります」

 ものすごく嫌だったけれど、それでも他人にされるよりは自分でする方がまだ良いと思った。

「では、ご準備を。ナイフが抜け次第、回復魔法をかけます」

「……はい」

 そう返事をした少年だったが、いざ抜こうと思うとやはり勇気が出ない。ナイフの柄に指をかけたは良いが、その手は震えるばかりで一向に動く様子はなかった。

「大丈夫だ、キョウヤ」

 少年を後ろから抱き込むようにして、王がナイフを握る少年の手に己の手を重ねた。急に触れた体温に驚いた少年が過剰なほどに身体を跳ねさせたが、王に気にした様子はない。

 王をちらりと見たレクシリアは、少年の傷口に手を翳した。

「風霊、水霊。可能な限りこの子の痛みを和らげてあげてください」

 レクシリアがそう言うと、ずきんずきんとした鈍い痛みがすっと消えた。どうやらこの宰相は、回復魔法に精通しているらしい。

「ゆっくりで良いから、引き抜くぞ。なに、レクシィの魔法がかかっている今ならば、そうそう痛むことはない」

 そう言った王が、少年の手を包んだままそっと腕を動かす。驚いたことに、王の言葉通りほとんど痛みは感じなかったが、傷口を塞ぐものがなくなれば、当然血液が溢れて出くる。思った以上に流れ出るそれに少年が顔を強張らせると、やはり王が宥めるように、大丈夫だと言ってくれた。

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