叶えてあげられない言葉
俺は車に押し込まれ、葬儀場に連れてこられた。
日が沈んだ葬儀場は照明で煌々と輝いて見えた。
喪服を着た奴らが神妙な顔で中に入っていく。
中には、俺たちぐらいの歳の奴もいて、中には泣きはらしている奴もいた。
そして、そんな人らの幾人かはこちらをチラチラと見ていく。
でも、俺はどうでも良かった。
もう、どうでも良かった。
「ほら!
中に入って、マサミにちゃんとお別れしなよ。
そうしないと絶対後悔するよ」
ハルナさんが涙で目を赤くしながらしゃがみ込み、座り込んでいる俺の腕を引っ張る。
ダサいことだと分かっていた。
迷惑だって事も分かっていた。
だけど、足に力が入らなかった。
へにゃりと崩れ、街路樹の根元に座り込んだまま、ただただ、ハルナさんを困らせた。
着の身着のままの俺とは違い、ハルナさんは喪服を着ていた。
いつも、クラブでエロいレゲエダンスをやっているくせに、ナチュラルメークに黒のツーピースなんて着て、束ねられた金色のウェーブパーマの髪以外は清楚なお姉さんみたいだった。
「俺の事はいいからハルナさんは行って」
と俺は呻くように言った。
ハルナさんは、「いいから行くよ」と俺の腕を繰り返し引っ張る。
俺は涙で視界がぼやけていたが、ハルナさんの涙が地面にポトポト落ちるのが見えた。
ユミがハルナさんの隣にしゃがみ、何か告げた。
ハルナさんが俺の腕に手を置いて、
「ちょっと先にマサミに挨拶してくるから。
……一緒に行く?」
と訊ねてきた。
俺が首を横に振るとハルナさんは悲しそうな顔をした。
二人が離れていくと、俺は葬儀場をぼんやり眺めた。
葬祭会館の入り口に「井川 真美」とマサミの本名がかけられている。
名字は聞いた事があったが、こんな漢字で書くんだと今更ながら思った。
俺はマサミの事を自分が思っていたほど知らなかった。
自分が知っているマサミが全てだと、そう思いこんでいたのかも知れない。
俺は死んでしまいたかった。
死んでマサミにゴメンなと謝りたかった。
そして、マサミの暖かさを感じながら隣に座り、同じものを見詰めていたかった。
『ねえ……。
自分が死んでも誰一人悲しんでくれないなんて悲観する人もいるけど、それって愛がないと思わない?
私はみんなに悲しんでもらいたくない。
私との思い出で笑って欲しいよ』
マサミの声が脳裏に聞こえる。
無理だよマサミ!
ゴメン無理だ……。
どうやっても、笑う事なんて出来ない。
俺は歯を食いしばりながら頭を抱え、涙を流す。
死にたい、死にたい、死にたい……。
バカみたいに頭の中を流れていく。
俺の目玉にある枯れる気配のない泉からボトボトと水が滴り落ちた。
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