異世界帰りの友達が、何故かずっと全身鎧を着ている

もぬ

異世界帰りの友達が、何故かずっと全身鎧を着ている

 朝のホームルームのはじめに、先生はいつもよりやや明るめの声で言った。


「みんなー、朗報だぞ。一か月近く行方知らずだった本宮くんだが、先日、異世界召喚から帰還した」

「……マジ!?」


 思わず席を立つと、クラスのみんなにくすくすと笑われる。なんだよ、友達が帰ってきたんだ、嬉しいに決まってるだろ。

 しかしやっぱり異世界召喚かあ。いまどき珍しくないとはいえ、あの大人しいナツユキまで連れてかれるとはな。迷惑な自然災害だぜ。

 待てよ、そうなるともしかして、勇者か何かをやって、めっちゃくちゃ男前になってるかな。おー。楽しみ。


「本宮ー。入れー」

『は、はい』

「ん?」


 その返事はやけにくぐもったような声で、ユキってこんな声だっけか? と思った。

 がらりと開く教室のドア。ぬぬっと現れた大きな人影は、ガッショガッショとやかましい音を伴いながら、俺達の前に立った。


『あ、あの、本宮です……。みんな、またよろしく』


 おそらくこのとき、教室中のみんなが同じことを考えただろう。

 「何故、全身甲冑?」と……。



 ▼


 鎧を騒々しくガチャつかせながら、ナツユキは一か月空席だったオレの隣に戻ってきた。


「よーユキ、久しぶり! 身長伸び……」


 オレより小柄だったはずのナツユキを、自分の席から見上げると、思わず言葉が途切れた。

 やたらと重厚なフルフェイスヘルムの、ものものしい雰囲気も相まって、ずぅんとこちらを見下ろしてくる姿はなかなかの威容だ。いま、何を考えてるんだろうか……。


「……身長、めちゃくちゃ伸びた?」

『う、うん。その、向こうの世界では、3年経っちゃって』

「はあっ!? まじかよ、いまいくつ?」

『たぶん17歳』


 どうりで14歳にしては厳つい体格になってたわけだ。うわー、マジか。逆浦島太郎じゃん。じゃあ面白いゲームとか漫画とか、もう忘れちゃってるかもしれないな。いっぱい教えないとだ。


「あれ、じゃ俺より年上かよー。ナツユキさんって呼ぼうか?」

『い、いや。ユキでいいよ、今まで通りさ。オレも、ハルって呼ぶよ』

「おっけい」


 ナツユキは、がちゃがちゃ、みしりと音を立てながら、ゆっくりと学習イスに腰を下ろす。ものすごく変な絵面である。


「それ脱がねえの?」

『あ、ああ。えっと……そう、これ呪いの装備でさ~。なかなか外れないんだよね』

「え! 大丈夫なん?」

『平気平気、生活に不便はないから』

「絶対あるだろ……」


 やがてホームルームを終え、一限目の準備時間になる。国語の時間はノートを見せてやることを約束して、俺はユキの机と自分のをくっつけた。

 でも、真横に全身鎧がいるとなんかアレだな……集中できないな……。

 まあいいや。ユキが鎧を着てなかったとしても、しばらくは授業なんか聞いてられないんだから。


「なあ、なあ、ユキよー、3年でどんな大冒険したの? すっげえ寂しかったんだぜ、冒険譚には期待していいだろ?」

『………』


 ナツユキはこちらに兜を向けると、おもむろにかちゃかちゃと全身から音を鳴らし始めた。

 あ、いや、なんだろう。震えて、ケイレンしてる感じかな?


『ハル……オ、オレも……オレも……! ざびじがっだぁ……っ!!』

「うお」


 なんか感極まった様子で、ぬっと身体を近づけてくるユキ。重い重い重い、寄るんじゃないよ! 角ばってる部分が当たって痛いわ。


「お、おい、泣くなよー」

『泣いでないぃ……!!』


 いやまあ、見知らぬ異世界で3年っていったら超やべーもんな。そこはからかわないでやろう。

 冷たい鉄の背中をがっちゃがっちゃと叩いて慰めていると、クラスメイトから『鎧騎士を泣かせた男』と呼ばれた。



 ▼


 二時限目は体育。内容は屋外スポーツだ。

 女子が更衣室に向かい、男子が教室で着替え始める中、オレの友達の全身鎧くんは、動かず静かに佇んでいた。


「あれ? 着替えねえの?」


 あまりに静かすぎてオブジェのようだったナツユキは、言葉に反応し、こちらを見ながら、前より長くなった手足を動かしてみせた。手足の装備もまたゴツく、防御力が高そうだ。


『このままやるぜ。ほら、これ呪いの装備だしさ』

「それで体育できんの?」

『できる。王国魔導騎士団の第2部隊副隊長だから……』

「な、なんだと……ごくり……」


 実に不思議なことに、ナツユキは動きづらそうな鎧姿のまま屈伸運動などして見せてきた。やるじゃねえか……。

 それにマドー騎士団の副隊長だって? カッコいいじゃんかよ……!

 俺は運動靴に履き替え、教室から移動しながらナツユキと話す。ちなみに、その間もガチャラガチャラとやかましかった。


「運動場だから、ソフトボールとサッカーと、ソフトテニスが選べるぜ」

『じゃあソフテニかな。団体競技は必ず、組織を崩壊させる裏切り者が出るから……』

「お前の騎士団なんかあった?」


 チャイムが鳴り、先生がみんなを集めて準備運動。このときが一番鎧がうるさかった。ナツユキがみんなにごめんと謝ると、みんなは謝るなよと笑い飛ばしながら取り囲んで鎧を叩くという、謎の絡みをしていた。拷問か?

 ラケットやボールを準備して、テニスコートに向かう。みんなはサッカーや野球の方が好きで、オレも本当はそうだけど、ナツユキと遊ぼうと思って、今日はソフテニにする。


「ユキ、適当に打ち合いしようぜ」

『おう』


 ぽこぽこと打ち合う相手がゴツいフルプレートメイルな光景は意味不明だった。風が巻き上げるコートの砂埃や、空から差す陽射しが、ナツユキの姿を陽炎のように揺らして雰囲気を演出し、無駄にかっこよかった。ウケる。

 それと、ナツユキのラケットの持ち方が気になった。全然テニスのオーソドックスな構えではなく、ラケットを保持した右手をぶらりと下げ、半身でこちらを見ている。たまにテニスっぽくラケットを正眼に構えると、まるで武道の達人と相対したかのように、俺の背中がぞくりと痺れた。いやもう剣士じゃん? 


「ユキー」

『あー?』

「もしかして、必殺技とか、ある?」

『あるよー』

「見して」

『いいよー』


 快く了承し、ナツユキはコートのこちら側へグァッシャグァッシャとやってきた。危険だから下がりたまえ、とかっこつけた声で言うので、鎧をごんと行儀悪く蹴ってツッコみ、ちょっと離れてから鑑賞する。

 ユキは誰もいないコートの対岸に向きながら、テニス選手のようにポンポンとソフトの球を地面に弾ませ……しかし、ラケットを逆手に持った。


『はあああ……!』


 お、と興奮。ナツユキの周りで砂埃が舞い上がり、持っていたラケットが何故か緑色にぴかぴかと光り始めた。仮面ライダーみてえ!

 すげー。ほんとに異世界行ってたんだな。

 ボールを宙に投げ、身体を深く沈め、ナツユキが叫ぶ!


『エメラルドストラッシュ!!』

「なんか聞いたことある気がする技!」


 空気を切り裂いた! とでも表現できるだろうか。ユキが腕を振ると(振る瞬間は早すぎて見えなかった)、ぶお、と耳の近くでものが飛んだような音が鳴り、派手に緑の光が瞬いた。

 かっけー!

 拍手して、照れるユキを賞賛していると、体育の先生がやってきて言った。


「本宮、あと桜木。ボールとラケット弁償せえよ」


 はい……。

 先生の前で項垂れる。ちら、と横を見ると、ナツユキも同じようにしていた。

 兜のずっと奥にある目と、自分の目がぶつかった気がして、どちらからともなく、俺達は笑った。



 ▼


 給食、掃除、昼休みを経て、5限目。

 学生の一日が後半に差し掛かった頃に、ちょっとした事件が起きる。


『コー、フー。すー……コー、ホー。すぅう……』

「おい。さてはおまえ、鎧キツイだろ?」


 コーホーうるせえぞ。俺の隣で授業を受けるユキは、兜の隙間からどうにもつらそうな呼吸を漏らしている。見るからに息苦しそうだ。そりゃそうなるでしょ。


『い、いや……こいつはスーパールーンメイル(“翠”の騎士仕様)……王国に12個しかないレジェンダリー防具のひとつで……あらゆる外的要素をカットし、装着者を守るんだ……』

「外的要素をカットしても中のお前が蒸れてるんじゃない……? ていうか呪いの鎧じゃなかった?」


 ナツユキの言葉はうわごとのように朦朧としたもので、やがてあげくの果てには、その厳つい身体を前後に揺らし始めた。大丈夫じゃないな?


『うう、ハル……』

「うわっ! ちゃあー……」


 ガッシャーン!!! と隣の教室にも聞こえるだろう盛大な音を立て、ユキは床に倒れてしまった……。手で支えたかったのだが、うまくいかなかった。

 先生が慌てた表情で駆け寄ってきて、ユキの鎧を叩く。


「本宮! 大丈夫か? 意識はあるか? 呼吸の確認を……」

『だ、だいじょうぶです。あ、開けないで』

「保健室で休むか?」

『そうします……』


 先生が教室を見渡し、声をあげる。


「保健委員ー、本宮を保健室まで連れていってくれるか」

「へーい」


 俺は先生のすぐそばで返事をした。お前かい、という目で見られた。


「ユキ、肩貸すよ」

『う、うん。ごめん』


 床に倒れたナツユキが手を伸ばしてきて、その手を取る。俺はそれを、優しく引っ張った。

 ……お、重いッ!


「ぬおおおお……!」


 こんなもん着て生活できないだろ。

 先生と一緒にナツユキの上体を起こし、なんとか肩を貸す。ゴツゴツしてて痛い。あと、やっぱり内側にいるユキは蒸し蒸ししているようだ。隙間から内部の熱い空気が漏れているのがわかった。

 呪いのなんとかスーパーメイル、超不便じゃん。


 なんとか、保健室に辿り着く。正直、俺には重すぎる荷であった。今のユキは身長も体格も俺よりあって、その上やたらと重い鎧。途中から本人の足取りがしっかりしてこなければ、共倒れであった。あと、よそのクラスのやつらに、俺が全身鎧に肩を貸しているおかしな光景を見られた。


「あーやれやれ。ほれ、ついたついた」


 ナツユキをベッドに誘導し、腰掛けさせる。途中から余裕が戻っていたので、病院に行くレベルの熱中症じゃない……といいけど。

 疲れた肩をぐるぐると回していると。横になりもせず、いかつい兜はじっとこちらを見ていた。


「なんだ? ていうかおい、それちゃんと脱げよな。熱中症っていうのはやばいもんなんだぞ」

『だ、だから、脱げないんだって』

「顔貸せオラオラ、俺のパワーで呪いを解いてやる」

『やーーめーーろーーー!』


 外してやろうと兜に手をかけて力を入れると、呪いというのは何なのやら、普通にゆるゆると脱げそうだった。なんか本人が抵抗してくるので、引っ張り合いになる。しかし向こうも力がうまく入らないのか、やがて全身鎧に隙間が現れ……ユキの顎、口元が見えた。


「ちょっ! ダメェッ!!」

「うえ!?」


 すごく高い声がして驚き、思わず手を離す。ユキは兜を被り直し、コーホーと言いながら俺を、たぶん睨んでいた。

 びっくりしたー。ちょっと心臓が跳ねちゃったよ。


「なんつー声出してんだユキ。ドキッとしちゃうだろが」

『……せ、せんせー。こいつをつまみ出してください』

「はーい」


 一連の様子をにたにたと眺めていた保健室の先生が、俺に向かって目配せし、お出口はあちら、というジェスチャーをした。


「ちぇー、なんだよ。お礼くらい言えー」


 悪態をついて外に出る間際、ユキの声が耳に届いた。


『ハル』

「あん?」

『ありがと』


 お礼なんか言うなよー。なんか恥ずかしいわ。

 適当に手を振って、俺は保健室を出た。



 ▼


 ナツユキが保健室から戻ってきたのは、帰りのホームルームが終わってからだった。

 俺は教室に残り、友達という名のバカどもを見送った。ユキの鞄が、まだ机に残っていたからだ。一緒に帰らんなんてありえんだろ。


「おーす、やっと来たな」

『もしかして、待ってたのか?』

「そりゃあよー。いつも一緒に帰ってたの、忘れたんか?」

『う、ううん。覚えてたよ、ずっと……』


 ナツユキは机の横に下げていた学生鞄を掴み、手に提げ、教室の出入り口に立つ俺にガシリガシリと駆け寄ってきた。

 すごいシュールだった。


 帰り道、ホームルームの内容を思い出しながらユキに伝えていく。

 テスト期間が近いから、家庭学習を怠らないようにとか。そこから話が飛んで、部活に新しく入ったりせんの? とか。

 で、ある話題を出したときに、ユキは一定のリズムで鳴らしていた鎧の足音を、止めた。

 やかましいけど、慣れた頃に突然止まるとなんか寂しいな。


『いま、なんて?』

「ん? だから、明日から体育はプールだから、水着忘れんなよ、って」

『プ……プール………!!!???』


 何がそんなに驚きなんだ? おまえ泳ぎは好きな方だったよな。……喜んでるのかな?


『……ご、ごめんハル。オレ、学校に忘れ物しちゃった。今日はこれで。バイバイ!』

「ええ? はードジだね~。俺も一緒に行ったるよ」

『ノー!!!! バイバイ!!』


 そう叫び、ユキは、全身に重しを纏っているとは思えない、凄まじいスピードで来た道を戻っていった。

 やば! あの質量であの速度、誰かにぶつかったら、その人死ぬんじゃないか……!?


「交通事故起こすなよ!!!!」


 あの速さじゃついていけない。大声でそう叫び、もう豆粒くらいになった背中を見送った。



 ▼


 翌日。

 の、放課後。今度こそ揃っての帰り道。

 俺は、ユキに不満を愚痴っていた。


「クソがよ~。プールが故障して使えないって、どういうことだよ。プール無しでこの夏をどうやって乗り切れってんだよお!」


 突然の出来事であった。水着をうきうきと鞄に入れてきた俺達に、不幸の報せが舞い込んだのだ。

 先生の言うには、プールの故障だと。だが生徒間のうわさによると、プールの底にとんでもない大穴があいていたらしい……まるで何者かに爆破されたかのような……。

 誰かがやったんだとしたら、俺はこの義憤をその何者かにぶつけずにはいられないぜ。


「まったくもう! 許せんぜ俺はよ! なあ!?」

『そ、そうだな。うう……』

「どうした? 蒸れたか?」

『いやね、良心が……ジクジクと……』


 胸を押さえる仕草をする全身鎧。


「な、ユキ。あさって休みだけど、ヒマ? 遊ぼうや」

『お……おう! いいよ。何する?』

「そうさな。鈴木たちは、臨海公園でスケボーして遊ぶってよ。ユキはスケボーできる? 鎧着てるけど」

『うーん。マジック・フロート・ディスタンサーなら免許もってるけど……』

「はあ? あんだって?」


 ユキ曰く、異世界のスケボーは飛ぶし、鎧でも乗れるし、免許制らしい。

 異世界にスケボーあるんだ……。

 まあでも、こっちのスケボーは鎧じゃぶっ壊れるだろうしな。別のことをして遊ぼう。


「というわけで……ユキ! 市営プール行こうぜ!」

『………』


 がしゃーん!!! と、ユキは道端でひっくり返った。


「な、ナツユキーーー!!!」


 俺は慟哭した。



 ▼


 休日。布団の上で目が覚め、天井を眺めながら、起き抜けの頭で今日の予定について考える。


「暇だなー。鈴木たちと遊びに……いや?」


 そういえばナツユキがいるんだった。絶対あいつといた方が楽しいな。

 どうするか。プールは嫌みたいだし……。そうだ、久しぶりに、あいつんちに遊びに行こうかな。

 出かける準備をしつつ、家に行っていいかと連絡を取ろうとして……いや、サプライズもいいなと思って、やめた。

 連絡をしないで遊びに行くのは、断られる可能性、断られて受けるダメージが高い、リスクまみれの手法だが、ささやかな驚きと楽しさを相手に与えられる。どれ、あいつが久々に楽しめそうなゲームソフトでも見繕っていこうかな。

 ナツユキの家は、ずっと昔から知っている。歩いて遊びに行けるくらいの近所だ。ここ一カ月は、ナツユキのお父さんとお母さんも荒れていたけれど、うちの親の話では、ふたりともこの頃は落ち着いているそうだ。ナツユキが帰ってきてから、本当に安心したんだろう。

 いつもはこの時間、向こうの両親は仕事でいないことが多いけど、今の時期はナツユキのそばにいることを選ぶかもしれない。おじさんとおばさんがいると仮定して、あいさつする心構えでいこう。……いや? それだったらちゃんと連絡した方がいいな?

 うーん。


「ま、いいか」


 おじさんとおばさんは優しい。家族ぐるみの付き合いだし、いきなり訪問しても怒られたことはない。行っちゃうか。


 と、いう感じで。

 俺は本宮家のドアの前に立っていた。一か月くらいぶりに、その呼び鈴を押す。

 やがて、はーい、と女の人の声がして、ドアがゆっくりと開く。


「へへ、こんにち……!」

「はいはい、どちらさんですか――」


 出てきた人物を見て、息が止まった。

 ……すらっと伸びた白い手足。ラフな薄着に押し込まれた、めっちゃでかい胸。背中まで伸ばしている黒髪は綺麗で、良い匂いが漂ってくる。それと、どこかで見たことがあるようで、でも初めて見る、売れてる若手女優みたいに可愛さとキレイさを両立した容貌。

 その女性は、俺の顔を見て、その大きな目を丸くさせた。


「うあっ、は、ハル――」

「誰!!!???」


 なんかエロい格好した知らん美女が友達ん家にいる――!!


「す、すいません、間違えました。おかしいな、ここ本宮さんの家じゃ……あれ、でも、お姉さん、俺の名前――」

「あ、あーあー!! な、ナツユキから話は聞いてるよー! 友達のハルくんでしょ?」

「え? あ、はい」

「オ……わたしは、ナツユキの姉……いや、いとこだよ。ユキっていうんだ」

「ええ?」


 ナツユキのあだ名と被ってるじゃん。

 しかし、へー、こんな美人のいとこが……う、うらやましい……!


「ナツユキくん、いますか? 遊びに来たんですけど」

「あー、えー。い、いま、ちょっと出かけてるよ。ごめんね」

「そうですか。ありがとうございました」


 サプライズ訪問は失敗に終わった。がっくり。

 でも、すげー美人の姉ちゃんの谷間見ちまったよ。サイコー。

 自分の中で差し引きプラスになり、良い匂いで胸を膨らませ、まあ今日は帰ることにして、踵を返す。いないんじゃ仕方ない。

 そうして、本宮家の門扉を後にしようとする俺を……誰かが、服を掴んで引き留めた。


「うお。……え? な、なんすか」

「か、帰るの? ハル……くん」

「え? まあ、ナツユキ君いないし」

「もうちょっとしたら帰ってくるよ。たぶん。あ、あ、上がっていけば?」


 エロい格好のお姉さん……ユキさんは、顔を赤らめて俺の服を引いた。

 な、何だこの人。たしかに、ナツユキのお母さんとかだったら、上がってけばって言うと思うけど。この人の場合、なんか態度が変だ。

 うーん。まあいいか、美人だし……眼福だし……。

 お言葉に甘え、俺は勝手知ったる友達の家に、久々に上がり込んだ。


 今日はおじさんもおばさんもいないようだ。いとこが遊びに来てるのに、留守番させるのかい。

 慣れた家なのでさっさと歩き、ナツユキの部屋で待たせてもらうべく、あいつの部屋に入り、無遠慮にベッドに腰かける。

 すると、後ろをついてきていたユキさんも、何でもない感じで俺の隣に腰掛けた。


「……!?」


 何この人!? 距離感バグってねえか?

 ぎょっとして距離を取ると、ユキさんはきょとん、としたあと、あ、と何かに気付いたそぶりをして、慌てた。


「あ、あー、そう、そうか。あはは。いやー、ははは」

「あ、あはははー」


 何か笑い始めたので、適当に乗っかった。

 彼女がどういうつもりでここに乗り込んできたのか知らないが……ナツユキの部屋は男の聖域だ。友よ、引き出しの奥のエロ本は俺が守り通してみせるぞ。


「ね、ねえ。ナツユキくんが来るまで、わたしと遊ぼうよ」

「え? ま、マジか……」


 思わず言葉を濁す。あんまり女の子と、しかも年上となんて喋ったことないぞ。その上アイドル級の美少女。きんちょうする。

 とりあえず、ナツユキとやるつもりだったゲームを起動する。勝手にテレビを使って、ゲーム機も引っ張り出して、だ。

 内容はアクションゲーム。キャラを動かしてステージをクリアするやつ。

 遊んでいる途中ユキさんは、まるでナツユキみたいに、無邪気に横から声をかけてきたり、次はオレに貸して、と言ってきたりで、終始楽しそうだった。けどこっちはそうもいかない。この人、思春期の男子には毒そのもののような存在である。距離感とか、服装とか。

 今度から、ナツユキんちに遊びに来るのは控えないと、俺はダメになる気がする……。

 ユキさんは、俺がゲームを操作しているときに、すぐ後ろから話しかけてきた。


「ね、ねえ。ハルくんは、ナツユキのこと、どう思ってる?」

「はいー?」


 なるべくゲームに意識を向けるようにしていたので、言ってる意味がいまいちわからなかった。

 適当に答えを返す。


「友達ですかねー」

「……何番目くらい? 順位は」

「えぇ? 友達に順番なんかつけたかないですねえ」


 ボタンを弾きながらしゃべる。敵にコテンパンにされてしまい、画面の中の操作キャラは死んでしまった。


「でもまあ、強いて言えば1番かな。一か月いなかったときは、かなり寂しくて。もしかしてもう会えないのかなと思ったら、さすがに泣けたしなあ……」


 などと言いながら、コントローラーを傍に置く。そろそろ帰ってこないかな、ユキ。


「……お、オレも……」

「ん?」


 後ろでベッドに腰掛けているユキさんの声が、かなり近くから降ってきた。


「オレも、ハルが、いちっ、いちばんんんん!!!!」

「うええええ!? 何!?」


 後ろから誰かが抱き着いてきた。いや誰かはわかる。ユキさんだ。背中にめちゃくちゃ柔らかいものが当たっている感触があり、俺を抱きしめる腕と長い髪から良い匂いがしていででででで!!??? なんだこの怪力!?


「へ、変態女ー!!」


 いくら美人でも、情緒のおかしい人にはあまり近づきたくない。俺はこみあげてくる思春期の性欲に抗い、彼女を振り払った。

 立ち上がり、逃げ出す前に、ちらっと見た顔は。ちょっと引くぐらい紅くなっていって、ああこの人可愛いけどマジで危ないな、と思った。


「ま、待ってー!!」


 待つかい!

 どたどたと人の家を走り、玄関へと急いだ。靴を履き、逃げ出す。

 ……入ったときは気付かなかったけど。玄関の近くに、ナツユキの鎧の一部が転がっているのを見つけた。

 やっぱ脱げるんじゃん!



 ▼


「おはよーナツユキ」

『おっ!? お、おはよう』


 朝。いつもの場所で落ちあい、二人して学校に向かう。


『ハル、昨日、家に来てたって? いとこの姉さんから聞いたよ、出かけててごめんな』

「あー、いいよ。しかしお前のいとこのねーちゃん、めっっ……ちゃ美人な」

『はえっ!? あ、そ、その……あ、ありがと……』

「おー。美人すぎて逃げちゃったよ。謝らないといけないな、最後失礼なこと言っちゃったしよー」


 本当は頭のおかしい人だと思って逃げたのだが、ナツユキに身内の悪口なんて言えない。


『………また、会いたいか?』

「ん? んんん……うん、まあ、そう……だな。またユキんち遊びに行っていい?」


 ちら、と全身鎧の友人を見る。ナツユキのヘルムは、じっと俺を見つめていた。


『いいよ。オレ、待ってるから……』

「おっけー。……なんか声が熱っぽいけど、また蒸れてる?」



(了)

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