第5話 花売りたちの夜

 石畳の上で少年の影が躍る。太陽と月の共演は終幕へ近づいていた。

 星々を縫い付けた濃紺の幕が空に広がり、ラル・パブテスマの夜が始まる。

 通りを行く黒馬車は、ルシアンと同じ方角へ向かっている。今宵も己の欲望に忠実な愚者たちが花を買いにやってきたのだ。少年は駆け足で館の正門を潜った。

「シリル」

 花の間へ向かう友の袖を、細い指先が引き止める。

 髪に挿した羽飾りから瑠璃色の影が落ちた。宿主から引き抜かれても輝きを失わない其れはルルクァン族の羽根だ。

 鳥と共生する異種族は、時折自らの羽根を売り歩いて糧を得る。

「もう行くのか」

「……うん。ヨアンの代わりに」

 紅をさした唇が微かに震えている。シリルはルシアンの手を解き、目蓋を伏せた。

「昼間は……ごめん。君を傷つけてしまった」

「あんなの傷つけたうちに入らないさ。……それより、」

 ルシアンはポケットから小箱を取り出し、天井の灯りに翳してみせる。

「面白い店を見つけたんだ。月食堂の跡地の前に妙な天幕があってさ」

「……何のお店」

「天使の食べ物を売る店」

 真顔で答える友の表情に、シリルがくすりと笑みを浮かべる。焔色の髪に宿る瑠璃星が艶やかな光を放つ。

「ルシアンは、うそが下手だね」

「本当の話さ。明日は何も予定が入っていないだろう。一緒に行こう。変わり者の店主だけど、麺麭は通りのカフェより安くてうまい」

 ルシアンは小箱の蓋を外し、五つ星のひとつをシリルの掌に乗せた。深紅に燃える薔薇色の星に少年は瞳を輝かせる。

「きれいな星のかけらだね。これも売り物」

「これは貰い物。……何かのクスリなんだって」

「なんだろう。睡眠薬かな」

「さあ、僕は何も……」

 ルシアンの言の葉を、涼やかな鈴の音が遮った。シリルは悩ましげに眉を寄せ、ルシアンの手に星を戻す。

「行かないと」

「シリル。……また明日」

「うん。……また明日。好い夜を、ルシアン」

 友の指先に唇を寄せ、シリルは身を翻す。真珠色の爪先に紅の香が残った。

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