第31話#陽斗side


よくもまあ、こんなにきれいに入ったな。


渡されたスケジュール表を眺めながら、眠気ざましのコーヒーを飲み込んだ。

嫌味ではなく、俺は心底マネージャーである岡ちゃんの力に感心していた。


もともと少なかったはずのつかの間のオフは、まだ削ることができたのかと思わせるほど上手く整理され。似たようではあっても、一つ一つが確実に意味を持つ仕事が、きちんと入れ込まれていた。





追い風を感じる。


今までの速度とは、比べ物にならないほど。










移動の車の中で書くよう渡された、雑誌のアンケートに目を落とす。

女子中高生向けの雑誌なんだろうな、恋愛関係の質問が多い。



この手の質問には何億回も答えてきたから、スラスラと答えを書きこんでいく。

また同じこと言ってる、とがっかりされないよう、上手く言い回しを変えながら。



隣を見ると、上を向いて口を開けたまま爆睡している、チョコ。アンケートは白紙のままだが、しっかりと手に握られていた。




俺よりもずっと、多岐に渡る分野に挑戦して、チームの可能性を広げてくれているメンバー。

歌を極めたい、という思いに専念させてもらえている環境に、改めて感謝した。










最後の問い、ありきたりな「好きな女性のタイプを教えてください」に。





初めて、“好きになった人がタイプです”と書きこんで、助手席に座るマネージャーに渡す。



「これ書けた。渡していい?」


「ありがとうございます、要さんも少し寝てください。」


「ありがとう、岡ちゃんも寝てよ。」








“好きになった人がタイプ”という言葉、これまで目にする度に、つまんない答えだなぁと思っていたけど。







今なら分かる。


こう答えていた人たちは、みなきっとその時想い人がいたんだ。



ただ一人を思いながら、その人を言葉にする代わりに、こう言い回していたんだろう。









目を閉じれば、無意識に蘇るあの香り。


甘い微睡みに、俺を誘う。










いつもほんの少しの痛みを伴うのは。




その香りが連れてくるもう一人に


胸が騒ぐから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る