第16話#航大side


『冷たいおしぼりお願いします。』




隣から声が聞こえ、はっとした。


やばい、こんな席で絶対居眠りなんてできない。






『お疲れさまです。おしぼり、ちょっと首にあててもいいですか?』


隣を見ると、小柄な女の子が両手におしぼりを広げていた。



『私も眠たくなると、よくするんです。けっこう効きますよ?』



小首を傾げて、いたずらに微笑んだ。



「・・・あ、すいません、退屈だったわけじゃなくて。」



『分かってますよ、大丈夫________えい。』




彼女がピタっと首の後ろにあててくれたおしぼりの冷たさで、一瞬で目が覚めた。




「うわー・・・すげえ。効くな・・・。ありがとうございます。」


『ね?起きたでしょ?』



覗きこむように笑った笑顔に、息を飲んだ。








やばい。この子、めちゃくちゃ可愛い。







透明感の塊みたいな。

真っ白な肌は発光してるようにキラキラしていて、大きな黒目が小動物を思わせた。



なのに。

溢れ出る色気。




いつから、ここに座ってたんだろう?





『けっこう飲んできました?目がうるうるしてる。』



深く黒い瞳は、俺の、何もかもを見透かしそうな気がした。




なんだこの感覚。


深い穴に落とされてしまいそうになるのを、必死で足を踏ん張って抵抗しているような感覚。




『早く帰れるように、出来るだけ巻きますね。』


ちらっと倫さんの方を見て、ドレスの裾を掴んで俺の隣を立とうとした彼女。



「・・・あ、ちょっと待って。」



咄嗟に手首を掴んでしまった。



「・・・すいません。・・・名前、聞いてもいいですか?」



絶妙な角度で口角を持ち上げて、微笑んだ。甘い香りにクラクラした。



『理沙です。じゃあ、私も質問。おいくつですか?』


「23です・・・。」



やった、と目を細めて笑った彼女。



『当たった!タメですね、私たち。』






俺の目の奥を覗きこむようにしてそう言ったあと、俺の返事を待たずに立ち上がった彼女は、ママさんに代わり倫さんの隣に座った。










「彼女が、俺が長年可愛がってる秘蔵っ子。」


帰りの車の中で、倫さんが教えてくれた。




夜の世界で働く前から、倫さんとは付き合いがあるということ。


あの若さで、あの高級店で、入店間も無くして既にナンバー3に入っているらしいということ。



「惚れるなよ。って、大丈夫か。」


笑う倫さんに、「はい」と返事をして何となく俺も笑った。






俺には、愛する人がいる。

大丈夫だ。















次第に、倫さんなしでも店に訪れるようになった。

さすがの高級店、そんなに頻繁には行けなかったけど。

相変わらず、甘い目眩を与えてくる彼女に油断はできなかったけれど。



一般人→芸能人への過渡期の俺を全て見ていた。古くからの女友達のようになった彼女に、会えば癒されていた。









「え、俺は“剛田大”なの?チョコは?」


『“剛田剛” 。剛、だからね』




俺らから電話がかかってきた際。


誰かに画面を見られても大丈夫なように「剛田+名前の一文字」で電話帳登録していると笑った彼女に、俺も笑った。



「チョコ、ジャイアンかよ!笑

つーか、そもそも何で剛田姓なんだよ。」



うけるっしょ、と笑いながら俺の肩に一瞬もたれた彼女に、身体が熱くなった。










絶対に惚れないはずだった。


俺には愛する人がいて、彼女にも彼氏がいたから。



彼女の彼氏が倫さんの親友だと聞いたときは、謎に背筋が伸びて気合が入った。










出会ってから3年後の夏、彼女が彼氏と別れたと聞いた時から、俺の中で何かが変わった。

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