終焉の魔女〜サラ・モーニング〜

東海林利治

第1話 沸き起こる怒り

 樹海の奥深く。


 辺り一面を濃霧のうむが覆い、光の欠片さえも届かない。


 絶望の臭いが漂う湿った大地の上で、魔女のサラ・モーニングは目を覚ました。

 人間に迫害されてから、実に666年の時が経っていた。


 サラはちたひつぎから両腕を突き出した。


「……人間どもめ。長き眠りで私は強大な力を手に入れた。奪ってやる。お前らが私から奪った時間以上のものを奪ってやるからな」


 降りしきる雨の中、サラは棺から這い出た。


 自ら指の爪を剥がし、滲み出す血で大地に六芒星を描いた。淡く光る六芒星ろくぼうせいの上に、サラは仁王立ちした。


 吐く息は炎となり、炎は瞬く間に一角獣に化けた。


 一角獣のひづめが大地を踏みしめる度に、草木が焼けた。樹海がサラの積年の想いを代弁するように燃え盛った。


 熱気で目を覚ました数千もの異形の使い魔たちは、サラに向かって一斉に平伏ひれふした。


「おはようございます。サラ・モーニング様」


 使い魔たちが大地を叩く。地面が割れ、森が揺れた。使い魔たちの興奮は冷めやらない。


 サラは右手を挙げて、使い魔たちを鎮めた。たかぶった感情のせいで、白髪が逆立った。


 両手の人差し指をくるくると回し、サラはこめかみに突き刺した。


「おはよう、お前たち。随分と待たせたね。勝手に土地を奪い、我が物顔で地球を占拠する人間どもに制裁を! 姿形が異なるだけで我々に罵声を浴びせた人間どもに制裁を!」


 歓声が再び沸き起こった。


 サラは目を閉じ、細く長い息で呪文を唱え始めた。全て唱え終えた時には、人間は絶望するに違いない。


 人間など所詮、もろい生き物だ。殺す必要すらない。ほんの少し、奴らの大切なものを奪えばいい。


 サラの身体が夜空に浮いた。燃え盛る樹海を、静かに見下ろした。


 積年の怒りがふつふつと、炎の海を荒れさせた。


 使い魔たちの大歓声は、夜の大地を揺らし続けた。

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