第338話 全国高校自転車競技会 第2ステージ④

 逃げ集団を抜き去って先頭集団となった、千葉の牽引するメイン集団は山頂を超えた。

 もともと統一した意志を欠いた30人の逃げ集団は、千葉の猛追により動揺し、バラバラに空中分解した。

 そうなれば、もう30人の単騎逃げがいるのと何ら変わらなかった。

 三瀬峠の最高到達地点を通過した時までに、後方から追いついてきたのは、静岡の陸川と千秋だけだった。二人は、圧倒的な登坂能力で、冬希がついてこれるぎりぎりのラインでのハイペースで引っ張る平良潤、平良柊の兄弟の作り出すスピードに追い付いてきた。

 山頂は平良潤が先頭で通過した。これで今日の山岳ポイント1位は確定となった。

 そこから下りに入った。

 三瀬峠の下りは、上りに比べて斜度が急な分、距離も短い。

 潤は、冬希を前に出すと、集団は冬希の作り出すペースで峠を下り始めた。

 冬希を先頭で峠を下らせるという形は、神崎高校で何度も繰り返し練習されてきた。

 理由は2つあった。

 1つは、下りが苦手な冬希がオーバースピードにならないように、自分のペースで下らせるという事。

 もう一つは、前の選手が落車した時に、冬希が巻き込まれないようにという事だった。

 冬希は、決して焦ることなく、1つ1つ丁寧にコーナーをクリアしていった。

 その結果、福岡、愛知のスプリンター系の2チームは、メイン集団に追いつく結果となった。

 潤は、集団後方のオフィシャルカーまで下がり、ボトルを受け取って冬希に渡し、メイン集団から離脱していった。

 佐賀も同様に裕理が天野のためにボトルを取りに行き、山口も多田が黒川のために、東京も夏井が植原のために、静岡も陸川が千秋のためにボトル運びを行ったが、宮崎の有馬は自分で後方まで下がり、自力で集団に追いつかなければならなかった。

 今頃宮崎のアシストたちは、全員で南をメイン集団に追いつかせようと、後方から追い上げているころだろう。

 強引に仕掛けた千葉は、それ相応の代償を支払うことになった。

 残り20㎞ほどを、冬希はアシストなしで乗り切らなければならなくなった。

 佐賀も裕理が千切れていったが、山口は多田が残っているし、東京に至っては夏井、麻生の2名のアシストを残している。

 レースの主導権は東京が握った。

 レース序盤には先頭を牽引していた多田はさすがに苦しく、福岡、愛知、静岡も追いついてきたばかりで先頭に出る余裕はない。

 東京の夏井、麻生、植原、山口の多田、黒川、そして千葉の冬希、佐賀の天野、宮崎の有馬、その後ろに福岡の古賀、黒田、立花、愛知の永田、赤井、静岡の陸川、千秋という順に並んでいる。

 メイン集団は15人となった。千葉の攻撃は功を奏し、逃げ集団の中から新興勢力が出てくるのを潰す結果となった。

 植原は、千葉の後を引き継いで集団を牽引することで、一度遅れた後続集団が追いついてくるのを阻止しようとした。ステージ優勝などは、赤井や立花にくれてやればいい。今日で総合争いの相手を絞り込んでしまうことが出来れば、東京としては、マークする相手が減り、後が楽になる。

 残り7㎞を過ぎると、愛知と福岡が先頭集団の牽引に参加してきた。

 遅れていた宮崎の南のグループが、竹内たちのいる追走グループに合流したのだ。

 追走グループと冬希たちの先頭集団のタイム差は、まだ1分以上開いているが、万が一追いついてきて集団スプリントに持ち込まれると、また昨日のように南に圧倒されるかもしれない。エーススプリンターを抱える福岡と愛知の動きは、南が追いついてくるのを阻止するためのものだ。

 愛知と福岡は、競うようにポジション争いを繰り返しペースも上がった。

 黒川が声を上げた。多田が後ろを振り返る。

 黒川のロードバイクのチェーンが切れていた。

 多田が止まり、自分の自転車を黒川に引き渡す。

 黒川は、多田のバイクに乗り、多田は黒川の背中を押して再スタートさせた。

 残り4㎞、まだ落車やメカトラブルでの遅れに救済措置が取られない段階だ。

 総合リーダージャージの着用者にトラブルが発生した場合、集団はペースを落として待つのがマナーとされているが、もう優勝争いは始まっており、そもそも先頭の2チームは黒川が脱落したことに気が付かない。

 残り3㎞を過ぎて、救済措置が取られる地点を通過すると、東京は後方に下がった。

 後方と言っても13人しか残っておらず、タイム差を開かれないために一定の脚を使い続けなければならなかった。

 総合系のチームは、東京と同じようなポジションにいる。

 植原は、周囲を確認した。

 冬希がいなかった。

 冬希は、赤井の後ろにぴったりとつけていた。


 残り1㎞を切った。

 愛知はエーススプリンターの赤井を、福岡も同じくエーススプリンターの立花を、よりよいポジションから発射させようと、位置取り争いは激化していた。

 冬希は、愛知のトレインを利用してスプリントしようと思った。

 立花は、体を一回り大きくしてきた。赤井のスプリントは切れ味を増していた。

 二人とも、スプリンターとして成長しているのは、わかった。

 それに対し、昨年の国体のブロック大会以来のスプリントで、鎖骨を骨折してからスプリントの練習など、一切やってこなかった。

 体重が軽くなり、ペダルを踏むパワー自体は、むしろ去年より落ちている。

 だが、冬希は退くつもりはなかった。

 最後のコーナーを回った。一瞬、鎖骨を骨折した時の恐怖が蘇ったが、意識的に抑え込んだ。

 落車してリタイアするとしたら、それまでの男だったというだけの事だ。そう思い定めた。

 最終的に良いポジションは、アシストを多く残していた福岡の立花が取った。

 福岡のアシスト、黒田が下がっていき、古賀が先頭に出る。

 古賀が全力で牽き、残り200mで立花を発射した。

 赤井が、1年生アシストである永田の後ろから出て、スプリントを開始する。

 立花のトップスピードより、わずかに赤井の切れ味鋭いスプリントが速く、徐々に差は詰まるが、ゴールまでに追いつけるまでのものではない。ポジション争いが明暗を分けた。

 ゴールまで50メートル、立花のスピードが、ガクンと落ちた。

 赤井が突っ込んでくる。

 だが、赤井の足も止まった。

 残り300mから、斜度3%程度ではあるが、ゆるやかな上りになっていた。

 赤井と立花は、仕掛け場所を、距離だけで見ていた。

 ぎりぎりまで赤井の後ろにとどまり、残り120mから、冬希は、貯めていた脚を一気に使ってスプリントを開始していた。

 足が止まった二人を冬希が抜いたのは、ゴールラインの手前5m付近だった。

 赤井と立花はハンドルを投げた。だが、それは2位争いにしかならなかった。

 冬希は、全国高校自転車競技会では昨年の第8ステージ以来のステージ優勝を遂げた。

 立花は、ハンドルを叩いて悔しがった。赤井は、何が起きたかわからないといった表情をしていた。

『やはり強い!ゼッケンNo.1、千葉の青山冬希選手の光速スプリントが炸裂!』

 興奮気味な場内放送が、スピーカーから佐賀市内に響き渡った。

 パラパラとゴールしてくる先頭集団の面々の中から、植原がやってきて冬希の背中をぽんぽんと叩いた。

「おめでとう」

「意外と勝てるもんだな」

 冬希は、半ば放心したようにつぶやいた。

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