第305話 体育祭④ スウェーデンリレー

 午前中最後の競技、スウェーデンリレーが始まろうとしていた。

 各クラスから1チーム、学年別に行われる。

 神崎高校のトラックは1周320mで8コース。各学年情報システム科も含めて12クラスあるので、2回に分けて行われる。冬希が出場するのは、1年の後半だ。

 選手たちは、入場門に集合している。前の競技の、ムカデ競争の選手たちが、退場門からはけて行った。

 この体育祭でも入場門で選手の点呼の係をやっている学級委員長が、話しかけてきた。

「青山くん、頑張ってね。もし勝てたら・・・」

「勝てたら?」

「最下位脱出できるかもしれないから」

「うち最下位だったの!?」

 得点ボードを見ると、確かに全学年36クラス中、冬希たちのクラスは、最下位だった。

「これから走るというのに、モチベーションが上がらない・・・」

 衝撃の事実を知らされたところで、選手たちは入場して行った。

 冬希は、気持ちを切り替えることにした。クラスの結果がどうあれ、自分の役割は果たさなければならない。

 リストバンド式の心拍計を腕に装着してある。

 普段の自転車でのトレーニングで、少なくとも30秒は無酸素で運動できることはわかっている。

 400mの高校生の平均タイムを調べ、55秒程度ということだったので、最初の25秒でセーブしながら走れば、残り30秒を全力の無酸素運動で走れるという計算になる。

 リレーなので、自分一人の速さだけで勝敗が決まるわけではない。だが、部活動対抗リレーのように、短い距離で終わってしまうより、まだ自分には向いているような気がした。

 リレーが始まった。

 男女混合ではあるが、第1走者の100mと第3走者の300mは女子が走ることになっている。男子は第2走者の200mと第4走者の400mだ。

 第1走者がスタートした。冬希たちのクラスは、6人中6位を走っている。

 冬希は周囲を見て、同じ第4走者の他チームの選手たちを確認した。それなりに速そうな人もいる。冬希のように400mという長い距離を走らされる種目を押し付けられた人もいるだろうが、ちゃんとクラスが勝てるように最適なメンバー選出をおこなっているクラスもあるのだろう。

 第2走者にバトンが渡った。冬希たちのクラスは、バトントスのタイミングで5位に上がった。

「練習した甲斐があったなぁ」

 バトンが渡された順位が上なほど、抜かれて負けた時のショックは大きいだろうが、冬希は純粋にクラスメイトの頑張りを応援したい気持ちになっていた。

 第3走者にバトンが渡った。これもバトントスのタイミングで4位に上がった。

「バトントスだけで順位が上がっている気がする」

 冬希は、独りごちた。他のクラスの選手たちは、バトントスを含むリレーの練習をしてはいなかったようで、バトントスに手間取っているようだ。

 第2走者まではレーンを走っていたが、第3走者からはオープンになっている。

 300mはそこそこ長い。第3走者はどこのクラスも苦しそうに走っている。

 冬希がコースに出た。

 クラスメイトがバトンを持った手を伸ばしてくる。

 冬希は早めに助走を開始し、バトンの受け渡しが可能なテイク・オーバー・ゾーン内でバトンを受け取った。

 順位は3位になっていた。

 リストバンドの心拍計を見る。普段トレーニング運動するぐらいの心拍数まで一気に上がった。

 これ以上心拍数が上がってしまうと、最後まで呼吸がもたない。

 冬希は心拍数が安定するペースを探した。

 ペースが落ちた冬希は、あっという間に3人に抜かれ、最下位に転落した。

 慌てる気持ちはある。だが、自制した。自転車ロードレースでも、誰かが仕掛けたアタックにあえて反応せず、一定ペースで走り続ける選手たちはいた。大切なのは、自分が出しうる最短時間でゴールすることだ。

 100mを過ぎた。大体200mあたりから無酸素運動クラスの全力で走れば、帳尻は合うはずだ。それまで、絶対に心拍数を上げることはできない。

 150mを過ぎたあたりから、ペースを上げていないはずの冬希と、前を走る他クラスの選手たちのさが広がらなくなってきた。彼らは、明らかにペースが落ちている。

 200mを過ぎようかというタイミングで、冬希は加速した。全速力と言っていい。ペースが落ちた他の選手たちとの差は、一気に縮まった。

 無理もない、と冬希は思った。

 400mと言う距離は、授業でも本気で走る機会などない。どの程度のペースで走ればいいかなど、陸上部の選手でもない限りわからないだろう。冬希は、自転車競技部のトレーニングで、自分の心肺の限界がどの程度なのか把握していた。

 冬希自身がどの程度のペースで走れば400mを最適なペースで走り切れるかは、心拍計が教えてくれた。

 ラストスパートをかけた冬希は、バテた選手たちを残り100mで全員抜き去った。

 長い距離を走らされるコーナーではなく、なるべく直線区間で抜くように調整する余裕すらあった。

 3人に抜かれ、その後5人抜いた冬希は、スウェーデンリレー1年後半のレースで、1位でゴールテープを切った。

「やったな、青山!」

「すごい!!」

 一緒にリレーを走った仲間たちが駆け寄ってきた。

「みんなが、あまり他のチームに差をつけられなかったから、なんとか届いたよ」

 冬希も嬉しかった。数少ない参加競技で結果を残せた。

 各学年2回、計6回のリレーが終わり、選手たちは退場門から退場していった。

 この後は昼休みになるため、応援席の生徒たちはまばらだった。

「冬希君」

 真理と優子が、退場門まで迎えに来てくれた。

「すごいすごい」

「うん、面白かった」

 真理は、パチパチと拍手し、優子もうんうんと納得の表情だ。

「カッコよかった?」

「うん、カッコよかったよ」

「走り方は変だったけど」

 優子の一言に、冬希はショックを受けた。

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