第288話 国体本戦2日目 サポートカーの冬希

 レースがスタートした。

 高知カルストを登る40kmほどのコースを2周する周回コースだ。

 冬希は、神崎高校の平良兄弟、そしてそれ以外から千葉県代表チーム選ばれた大川、竹内らを見送った後、監督の槙田が運転する千葉県のサポートカーの助手席に乗り込んだ。

 サポートカーには、屋根に選手のスペア自転車、後部にホイール、社内にボトルや補給食などが積み込まれている。

 関東甲信越ブロックでサポートカーの使用が認められているのは、2位の東京と2位の千葉のみではあるが、他の関東甲信越ブロックの県のサポートも行う。

 関東甲信越ブロックで話し合った結果、スペア自転車は、各都県1台と決めら、神崎高校用はエースである平良潤の自転車が乗せられている。それ以外の選手の自転車交換が必要になった場合は、全チームを平等にサポートするニュートラルカーから、多少サイズが合わなくても共用のスペアバイクの提供を受けるしかない。

 スタート時は、東京のサポートカー、千葉のサポートカーの2台に10都県のスペアバイクが、それぞれ5台ずつ分けて積載されている。

 ホイールは、各都県共通で、全選手のギア比を網羅できるだけの数が積んである。ギア比によりチェーンの長さも違ってくる場合があり、違うギア比のホイールをつけてしまうと、チェーンが外れやすくなったり、変速に影響がでたりしてしまう。

 冬希は、千葉のサポートカーの助手席で、どこに何が積まれたか記載された紙を読み込んだ。夏休みに知り合った高校将棋で棋王のタイトルを持つ藤田義弘に、将棋を教えてもらうようになって、記憶力が良くなってきている。

 審判車から無線が入る。

『逃げ集団が出来ました。宮崎県小玉選手、茨城県牧山選手、長崎県黒木選手、長野県結城選手・・・』

「茨城、長野か!!」

 槙田が叫んだ。茨城の牧山のスペアバイクは千葉県のサポートカーに積んであるが、長野のエース結城のスペアバイクは東京のサポートカーに積んである。

「仕方ない、逃げ集団には、うちがいこう」

 槙田が言うや否や、冬希は東京のサポートカーに携帯で電話をかけた。


 東京のサポートカー、千葉のサポートカーが前後に並んで路肩に車を停める。

 東京のサポートカーの助手席から、慶安大附属の2年生の男子が降りてきて、紙を見ながら自転車を探す。

「えっと、長野の・・・」

「東京のサポートカーの左から3番目のバイクを降ろして、千葉のサポートカーは一番左を下ろして交換、ホイールはそのままで大丈夫です」

 槙田、東京の監督とサポートメンバーが冬希の指示通りに載せ替えを行った。

 サポートする優先順位は決まっている。関東甲信越ブロック大会の順位がそのまま優先順位となっている。

 メイン集団には千葉、東京の両チームが残っており、長野と茨城のエースは逃げに乗った。

 この場合、東京が東京チームのサポートをすることが優先となり、千葉は逃げ集団のサポートに回る。

 千葉チームのサポートは、東京のサポートカーが行うため、潤のスペアバイクを東京のサポートカーに載せ替え、代わりに逃げ集団のサポートを行う千葉のサポートカーに長野の結城のスペアバイクを載せ替えた。

 車の屋根の広さから、5台の自転車しか載せれないため、メイン集団に残っている群馬、栃木、新潟のエースの自転車は、千葉のサポートカーと共に逃げ集団について行ってしまう。だが、これは優先順位上仕方がないことで、彼らの自転車が壊れた場合は、ニュートラルのスペアバイクを使用してもらうしかない。

 載せる位置にも優先順位があり、ブロック大会の順位の通り一番下ろしやすい順に積載されている。

 スペアバイクの載せ替えが終わった千葉のサポートカーは、再発進した。ここから逃げ集団の後ろまで行かなければならない。

 槙田が無線のマイクを手に取る。

『千葉のサポートカー、長野と茨城のサポートにあがります』

『千葉、許可します。上がってください』

 槙田は、選手たちに道を開けてもらうようにクラクションを鳴らしながら、メイン集団の横を通り抜けていく。

 メイン集団の途中で、佐賀の坂東裕理の姿が見えた。

 冬希は窓を開け、裕理に声をかけた。

「裕理さん、調子はどうですか」

「悪かねえが、タイムアウトにならないようにするのに精一杯よ。そっちは調子良さそうだな」

「絶好調ですよ、次のレースから車で出ようかなと思ってます」

「お前、免許持ってないだろう」

 裕理の側では、そういう問題か、という表情の天野がいる。

 今度は平良柊の姿が見えた。

「いやあ柊先輩、これ楽ちんですよ」

「冬希、このど畜生!!」

 柊の罵声を聞きながら、千葉のサポートカーは、メイン集団の横をすり抜けていった。


 逃げ集団は4人。

 メイン集団をコントロールする東京と静岡が、それ以上の人数が逃げに乗るのを許さなかった。

 逃げ集団に合流しようとした選手たちはいたが、全員この2チームに潰されてしまった。東京も静岡もそれぞれのブロックを1位通過して5人揃えている。

 牧山が手を挙げた。サポートカーを呼んでいるのだ。

「槙田先生、牧山が呼んでいるみたいですよ」

「まだだよ。審判車から許可をもらわないと、上がれない」

 逃げ集団の4人の背後に審判車、その後ろに九州沖縄ブロック2位の宮崎のサポートカー、そして千葉のサポートカーがいる。宮崎のサポートカーは、長崎の選手のサポートも兼ねている。

 千葉のサポートカーが牧山に接近するには、審判車と宮崎のサポートカーを抜く必要がある。

『千葉のサポートカー、上がってください』

『了解しました』

 無線機のマイクを置いて、

「行こう」

 と冬希に言った。


「へい、牧山。お茶しない?」

 冬希は牧山にボトルを差し出しながら言った。

「まったりしてるな」

 牧山はのんびりした口調の冬希を見て苦笑しながら言った。

「ついでだから意見を聞かせてくれ。他の3人の逃げの意図をどう思う」

「長野の結城選手は、まあ一発逃げ切り目当てだろうな。長野のエースではあるけど元々スプリント向けの選手だから、逃げ切りでもしない限りはもうチャンスがない。宮崎の小玉選手は、エースの有馬選手が集団から抜け出してきたら合流して、有馬選手を牽引するつもりだろう。長崎の黒木選手は・・・わからないなぁ。小玉選手のように前待ち作戦なのかもしれないけど、それにしては他の長崎の選手が初日に遅れすぎてる。あと、茨城の牧山って選手は・・・」

「俺の事はいいんだよ」

 牧山は冬希からボトルを受け取って、空になった方のボトルを冬希に渡した。

「逃げ切り目指すんだったら、結城選手と協調するのがいいんじゃないかな」

「俺もそう思うよ。ありがとう」

 しかし、牧山の思う通りにはレースは進まなかった。

 元々登りの得意な選手ではない結城は、高知カルストへの1周目の登りの途中で、逃げ集団から脱落していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る