第191話 高校総体自転車ロード 第3ステージ(霞ヶ浦〜筑波山)⑥
インターハイ3連覇中の清須高校でエースを務める岡田は、自身の予想した通り、中間スプリントポイントを通過して、2回目の不動峠の登りに入る前に、坂東に追いついた。
岡田は、この時は坂東が先頭だと思い込んでいたが、モトバイクは相変わらず、ホワイトボードで先頭との時間差を表示し続けた。不動峠の登り始めで、一人ぼっちで走り続けていた洲海高校の千秋の姿を捉えて、初めてこっちが本当の先頭だということに気がついた。
「岡田さん、後をお願いします!」
清須高校では、上下関係が厳しく、1年生の赤井にとって3年生は絶対であり、エースの岡田は畏怖の対象でもあった。岡田が全力で曳けと言えば、疑いもなく全ての力を使い果たすまで曳く。赤井は、見事に仕事をやり遂げた。
平坦区間で、全力で岡田を牽引し続けた赤井は、不動峠の登りで下がっていく。もう歩いているのと変わらないほどのスピードだ。
脚を温存できた岡田は、不動峠を登り始めるが、今度は後ろに千秋がつけている。
最後の登り、勝負処だと闘志を高める岡田に対し、千秋はくどくどと坂東に対する口を話し始めた。
不動峠を、結構なペースで登り始めた岡田だったが、千秋は苦も無くついてくる。それどころか、清須高校の1年生達は緊張のあまり口も聞けない岡田に、この1年はずっと坂東についての愚痴を喋り続けている。
千秋の愚痴は、岡田の理解ではこうだ。
坂東から受け取った水を飲んだことで、延々平坦区間で牽引することを要求された挙句、中間スプリントポイントを通過後しばらく走って後ろを振り返ると、すでに坂東の姿はなかった。それに気づかず、坂東を曳いているつもりだった千秋は、実はずっと一人で走り続けていたということだった。
「一言ぐらいあってもいいと思うんですよね」
坂東は、そんな非効率的なことに労力は使わないだろうと、昨年のインターハイで一緒に走った岡田は思う。綺麗さっぱり千秋を使い捨てにしたのだろう。
中間スプリントを通過した坂東は、まだレースの先頭にいたわけで、このままゴールまで攻め続ければ、岡田や露崎達には抜かれても、10位以内ぐらいではゴールできただろう。
だが、坂東はそんなことに力は使わない。明日も坂東は中間スプリントを目指さなければならない。だとすると、今日はこれ以上脚は使わずに、ゆっくりと翌日に疲れを残さない程度のペースでゴールする方を選ぶだろう。
だから岡田は、2度目の不動峠への登りの前に、坂東は捕まえられると考えていたのだ。
しばらく登っていると、後方から総合優勝を狙うライバル達が追いついてきた。
1度目の風返峠地点で2分弱の差があったが、登り始めの時点で20秒程度まで縮めており、不動峠に到達する頃には、一気に前を走る岡田と千秋に追いついてきた。
岡田は、思ったより早く捕まったと思ったが、疲弊している船津や尾崎の顔を見て、赤井を使った前待ち作戦は上手くいったと思った。
総合上位勢は、不動峠のあたりで岡田に追いつくことができた。
しかし、平坦区間で尾崎のアシストの丹羽は力尽き、不動峠に入ってからずっとハイペースでこのグループを牽引し続けた舞川も、力を使い果たして役目を終えた。
残っているのは各校のエース級、洲海高校の尾崎、神崎高校の船津、福岡産業の近田、日南大附属の有馬の4人だけになった。
これが岡田と千秋に合流した。
「千秋、ご苦労だったな」
尾崎は、後輩の肩を叩きながら慰労の言葉をかけた。
「全く、酷い目に遭いましたよ」
千秋は、恨みがましい目で尾崎を見た後、岡田に延々聞かせ続けた愚痴を再度話し始めようとした。
「わかった、わかったから。後はどこかのグルペットでゴールしておけ」
「あ、いえ、一緒にいさせてください・・・・・・」
千秋は急にトーンダウンし、尾崎の後ろについた。
千秋からすれば、プロトンは悪人達の巣窟で、何も知らない自分のような1年が一人で放り出されると、騙され、こき使われ、骨までしゃぶり尽くされるということを身にしみて実感した。
とりあえず、尾崎の近くにいれば、そういった悪い奴らからは守ってもらえるだろうという千秋の算段だった。
これから、総合優勝争いの勝負処なのだけど、と尾崎は心の中で困惑した。
「おい、尾崎。お前のところの1年はどうなってるんだ」
岡田が下がってきて尾崎にクレームをつけた。
「登り始めからここまでずっと愚痴を聞かされ続けてたんだぞ」
尾崎は、岡田に平謝りした。便所アタックについて、松平達に謝り、今日はずっと千秋のことで謝り続けている気がしていた。
「すまん、あいつは偏屈な奴で」
「やっぱりお前もそう思うか」
千秋は、面倒くさがりを自称しているが、本当にめんどくさがりならば、ぐちぐちと不満を喋り続けたりはしないだろう。
尾崎も、千秋については日頃の態度について色々聞かされていた。
遅刻が多く、反省文を書けと400字詰めの原稿用紙1枚を渡されたら、職員室まで追加の用紙を要求しに着た挙句、自分がいかに反省文を書きたくないかを、原稿用紙5枚にギッシリと書いて提出してきたそうだ。
尾崎にとっては、今まで見たことがないほどのダメ男で、岡田からすると下級生にここまで積極的に話しかけられたことがなかったので、千秋の印象としては共通して「憎めない奴」ということで一致していた。
「尾崎、お前の苦労はわかった」
「理解してくれて感謝する」
岡田と尾崎に生まれた共感は、二人に少しだけお互いに仲良くなれそうな印象を残した。
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