インターハイ編

第160話 高校総体

 全日本選手権を終えて数日、冬希たちにも一旦の日常は戻ってきた。

 冬希たちが郷田の母のことを聞かされた時は、既に快方へ向かい一般病棟へ移った後だった。

「冬希くん、調子悪そうだね」

「そうかな・・・」

 昼休みに入り、春奈と一緒にいつもの昼食場所へ向かう途中、明らかにげっそりした冬希に、春奈は少し引いた。

 目の下にクマができ、頬も心なしか痩けている。顔色も良くない。

「神崎先生からも言われたんだよなぁ。少し休んでって」

 冬希の調子は、全日本選手権に向けて究極に仕上がっていた。あの激闘を潜り抜けられたのも、調子の良さが最大の要因だった。冬希自身は勝てなかったが、満足のいく結果は残せた。

 しかし、その反動は激しかった。緊張から解放されると共に、蓄積されていた見えない疲労と全日本選手権の疲労が一気に冬希を襲い、体調を崩した。

 現在は多少マシにはなっているが、まだ本調子には程遠い。

「そうだよ。ゆっくり休まなきゃダメだよ。間違ってもTwitterでエゴサーチとかやっちゃダメだからね」

「え、何書かれてるの俺?」

 冬希は怯えた顔をしている。

「えっとね、全日本選手権関連のツイートでハッシュタグ上位3つに入ってたよ」

「え」

「1位は、郷田優勝おめでとう。2位が、天野どこから来た、でね、3位が青山落車」

「してないしっ!!」

 落ちかかっただけだし、と必死に弁明する。

「いや、ボクに言われても。でも危ないからもうやっちゃダメだよ。両手放しなんて、今までやったことないでしょ」

「あの時は、なんかできそうな気がしたんだよ」

「それ、絶対できないパターンだから」

 春奈が、呆れた視線を向けてくる。

 別に、両手放し自体は禁止されているわけではないが、ふらついた拍子に横から追い上げてきた大里に危うくぶつかりそうになった。

 大里が避けてくれたからよかったが、進路妨害で降着や失格にある場合もあり得る危険な行為なので、もうやることもないだろう。

「冬希くん、今日は放課後部活?」

「ああ、ぼちぼち軽めに乗り始める予定。春奈は?」

「図書館でお勉強。友達とね!」

「友達?男か!?」

「女の子だよ!とっても可愛いんだよ。ボク、1人で勉強してるとすぐ飽きちゃうから、一緒に勉強してると捗るんだよ」

「へぇ」

 どんな友達だろうと冬希は興味を持ったが、話したかったら春奈は自分から話すだろうと、それ以上深く聞きはしなかった。


 放課後、冬希が部室に入ると、船津、郷田、潤、柊の4人が揃っていた。郷田は心なしか表情が穏やかだった。母親の調子も悪くないのだろう。

「冬希お前、貧乏神みたいになってるぞ」

 げげっ、と柊が後ずさる。

「柊社長のためにプロテインを買ってきてあげたのねん。とっても安かったのねん」

 某鉄道ゲームの貧乏神だ。

「そんな可愛い感じの貧乏神じゃないぞ、お前」

「フハハハハ、ローンはお前が払うのだ!」

「うわ、キングになった!!」

 冬希に追われて、柊が逃げ回る。

「プロテインをローンで買うってお前・・・」

 別の意味で潤が呆れている。

 そうこうしていると理事長兼自転車競技部の監督、神崎が部室に入ってきた。

「さて、じゃあミーティングを始めようか」


「今年のインターハイは茨城県で行われて、自転車ロードレースは去年より増えて6ステージ。総合争いは例年の如く、山岳での勝負になることが予想されるわけだ」

 全国高校自転車競技会でもそうだったが、平坦ステージでは集団スプリントになってタイム差が付きづらく、総合優勝争いは、結局山岳での戦いとなることが多い。

「インターハイに出られるのは、地区予選を勝ち抜いた各県の代表1校で、選手は3人。船津君で総合優勝を狙いにいくために、選手は、船津君、潤君、柊君の3人でいく予定だ」

 冬希と郷田は全日本選手権、インターハイは船津、潤、柊と上手くチーム分けができていた形になる。

「ただ、問題は地区予選で、例年千葉の地区予選は、平坦で行われることが多いんだ。今年も下総運動公園だしね」

 千葉には山がない。それはもう仕方がないことだった。

「船津君はインターハイへ向けて調整中だし、地区予選はスプリント力の高い青山君で行こうと思ったんだけど・・・」

 冬希は、げっそりした顔で神崎にダブルピースする。

「ひどく調子を落としている。とてもレースに出られる状態じゃない」

 神崎は、困ったという身振りをして見せた。

「調整途中の船津君を出すしかないかと思っていたんだけど、先日、全日本チャンピオンになったばかりの郷田君が立候補してくれました」

 ぱちぱちと神崎が拍手をする。

 母親のことは、まだ心配ではあるが、走っていた方が気が紛れるし、何より全日本チャンピオンジャージを着て走る郷田の姿が見たいと、郷田の母が熱望したのだ。郷田が出られるのであれば、利害は一致する。

「というわけで、今週末の地区予選は、郷田君、潤君、柊君の3人にお願いすることになりました」

「俺、応援に行きますね」

 冬希が、何もしないのは申し訳ないと、サポートを申し出たが

「来るな。そんな景気の悪そうな人相のやつがきたら、勝てるもんも勝てねーよ」

 柊は断固として拒否した。

「まあ、青山君は少しずつ調整が必要だから、無理せずゆっくりしててよ。インターハイの後の、国体のブロック大会に出てもらう必要もあるし」

「わかりました」

「今崎君擁する、おゆみ野高校も出てくるから、楽なレースにはならないかもしれないけど、勝てない要素はないと思ってるから、大丈夫だよ」

 話は、地区予選から本戦の話題になった。

「インターハイって、どこが強いんですか?やっぱり尾崎さんとか丹羽さんがいる洲海高校ですか?」

 冬希が神崎に尋ねる。

「そこも強いけど、1番は愛知の清須高等学校だね。あそこは今インターハイ3連覇中だ」

「3連覇ですか。なんでそんな強いところが全国高校自転車競技会に出てなかったんでしょうか」

「まあ、あそこは学校の方針で、毎年インターハイ一本に絞ってくるんだよ。全日本も国体も興味なし」

 一説によれば、清須高校の理事の1人の本業が、全国高校自転車競技会のメインスポンサーのライバル企業であるため、選手を出したがらないといういう。

「その代わり、徹底して効率化された練習メニューを1年の時から課せられているため、強力な選手が多いんだ」

「去年は、尾崎さんも勝てなかったんですか?」

「尾崎は、去年虫垂炎でインターハイは出られなかったんだ」

 船津が代わりに答えた。

「ただ、出ていてもどうなっていたかわからない。それほど清須高校は強い」

 船津の真剣な表情に、インターハイにかける意気込みが伝わってくる。郷田が全日本を勝った。次は自分もという思いも強いのだろう。

「今年のインターハイは、清須高校、尾崎君の洲海高校、そしてうちの3校のエースの戦いになるだろうね。あとはそこに慶安大附属の植原君、福岡産業高校の近田君がどれだけ健闘できるか」

 考えただけでもワクワクする、と神崎は自転車大好き少年のような顔をしている。

 出場する予定のない冬希も、今回は気楽に見れそうだと思った。


 この時、神崎高校は、露崎という選手がインターハイに出場することになったという話をまだ知らなかった。

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