第149話 全日本選手権②
TVの中継車は困っていた。スタート直後のクライマー達による攻撃により、集団と呼べる存在は、現在先頭を突っ走っている30名程度の塊だけだった。
その他は、みんな2〜3名がパラパラと点在している状況で、メイン集団と呼べるものが存在しない。
優勝候補だけは押さえろというディレクターの指示により、TV表示は、先頭を走る30名ほどをメイン集団として、グループ坂東、グループシャイニングヒル、グループ青山の3つのみを、タイム差を表示する対象とした。
冬希が数えた結果、60名程度が冬希達より前に行っているはずだった。
全国高校自転車競技会の時もそうだったが、各校は、スタート前に監督から
「大人数の逃げが決まりそうだったら、一緒に逃げに乗っていけ」
という指示を受けていた。大人数の逃げほど、逃げ切りでの優勝が決まりやすく、どのチームもそういう逃げには一人はメンバーを送り込みたいと思うものだ。
同様に今回も、かなり大人数の逃げが決まった。大人数で逃げが決まりそうだったら、逃げに乗っていけと予め指示を受けていた選手達は、とにかく逃げに乗らなければならないと、遮二無二脚を使って前を追った。その結果、逃げに乗れた者は良かったが、追いつく前に脚を使い果たした選手達は、ポロポロとこぼれ落ちていった。
そういった選手達を抜きながら、冬希は怖いなと思った。いつもの調子で大きな集団について行こうとしたら、冬希も彼らと同じように、あっという間に今日のレースを終えていたことだろう。
落ちていった選手の中には、京都の「逃げ屋」四王天の姿もあった。普通なら、逃げ集団からこんな序盤に遅れるような選手ではない。
冬希は、今日のレースの異常さに、胃が痛くなる思いだった。
春奈は、自宅のリビングで食い入るようにTVを見ていた。
カメラは、澱みのないペースで登り続ける逃げ集団を映し出しており、中々目当ての選手が映らない。
坂東、シャイニングヒルの2名と映像が切り替わると、ようやく冬希の姿を映し出した。
実況『青山です。今日は光速スプリントが見れるでしょうか。しかし、早くも遅れていますね』
解説『青山は元々、ペースで登るタイプなので、まだこれから追いつく可能性はあります』
実況『しかし、これ以上離されると、平坦区間でも追いつけなくなるんじゃないですか?』
解説『そうですね。なにしろ逃げている人数が多いですからね。これ以上離されると厳しいと思います。全員で均等に先頭交代をローテーションされてしまうと、郷田のアシストがあっても、追いつくのは簡単ではないですよ』
「冬希くん・・・」
勝って欲しい気持ちと、無事に帰ってきてくれればそれでいいという矛盾した二つの気持ちが入り混じる。自分は勝手だ、と春奈は思った。
幸いにも、冬希達と先頭集団との差は、1つ目の山岳ではこれ以上広がらなかった。
問題は、下りにあった。
先頭集団に、TFCというチームの大城公洋という選手がいた。
彼は、ヒルクライムを得意とする選手で、登ったら下りなければならないため、ヒルクライムが得意な選手というのは、大抵下りも得意な選手が多かった。
大城も当然、下りは走れる選手だったのだが、2日前に下見で藻琴峠を下っていた時に、スピードを出しすぎて落車してしまった。彼のロードバイクは、フレームが折れてしまい、彼は、同じチームで今日出場予定がないメンバーのロードバイクを借りて出場していた。
問題は、彼に下りの恐怖心が残っていたのと、自分の乗りなれたロードバイクではなく、チームメイトのバイクで出場しているため、思うように下れていなかった。
先頭集団が下りに入った時、先頭が「山岳逃げ職人」の秋葉で、2番手が福岡の舞川、そして3番目が大城だった。
秋葉と舞川は大幅に先行し、残りの20名超は、下りのペースが上がらない大城に蓋をされるような形で、思いのほか時間をかけて藻琴峠を下る羽目になった。
秋葉と舞川も、これからくる平坦区間を二人で走るのは避けたい。やむなく、後ろから大城を先頭とする団子状態の集団を待って、下り切った地点で合流、再びローテーションを回しながら屈斜路湖畔の平坦区間をこなしていった。
先頭集団に思わぬブレーキがかかっていた頃、1年生選手の天野優一と藻琴峠の下りをこなした坂東も、屈斜路湖畔の平坦区間に入ってきた。
弟の坂東裕理は、最初の登りで脱落し、現在佐賀大和高校のメンバーは、天野と坂東の二人だけになってしまった。坂東からすると、2年の裕理と1年の天野の二人に経験を積ませたかったのだが、残念ながら、その二人では、天野の方が圧倒的に使える男だったようだ。
天野と先頭交代をしつつ、次の美幌峠を目指していると、後ろから迫ってくる二人に気がついた。
「よお、坂東。いいのかこんなところで油売ってて。チンタラしてると、置いていっちまうぜ」
シャイニングヒルの2名、菊池翔馬と大里誠だ。菊池は、坂東を挑発するようにニヤニヤしている。
坂東は、一切表情を変えない。だが、天野はそれを見て、面倒な奴らが来た、と思っている顔だと思った。
坂東が、退がってろと軽く目配せすると、それを理解した天野が少し距離を置いた。
ワンデーレース最強の前回全日本チャンピオンの坂東と、シャイニングヒルという強力なクラブチーム所属で、高校生ながら全日本クラブチーム選抜で、ヒルクライム、クリテリウムとそれぞれ優勝した菊池と大里との、本気の潰し合いが始まった。
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