第146話 ワンデーレース。坂東の本気

 飛行機は、女満別空港へ着陸した。

 冬希達は、ホテルの迎えのワゴン車に乗り込む。

「今日は、ホテルで昼食を取った後、車で明日のコースを回るから、郷田君と青山君はロビーで待っていてね。僕はレンタカーを借りてくるから。潤君と柊君は、自由にしていていいからね」

 理事長兼監督の神崎は、今日のスケジュールをテキパキと指示していく。潤と柊は、二人で自転車でサイクリングに出かけるようだ。コースにもある美幌峠は、異世界にでも行ったかのような絶景らしい。

「ネット上に、明日のレースの寸評が出てるぞ」

 潤が、優勝予想とも取れる記事を見つけ、読み上げる。

「えっとコース適性と実績で1番優れているのは、シャイニングヒルの菊池翔馬選手、成人男子のクラスで上位入賞する圧倒的なヒルクライム力を持つ。福岡産業高校の舞川、洲海高校の陸川、月山高校の秋葉、SHO星野、ヤマノクラブの秋郷など、実績のあるクライマーが目白押し。日南大学附属の有馬、小玉は1年生で今回は苦しいか、とある」

「冬希のことは書いてないのか?」

 柊が、潤の持ったタブレットを覗き込む。

「あるよ。スプリンター向きの展開になるとすれば、体を絞ってきた前年度全日本チャンピオン佐賀大和高校の坂東、全国高校自転車競技会スプリント賞の神崎高校の青山にもチャンスはあるか。だって」

「完全におまけっぽいな」

「やはり、同じコースでの過去の結果の影響なのでしょうか」

 潤が神崎に疑問をぶつける。

「それが大きいだろうね。ただ、何回もレースをやったわけじゃ無いからね。1回じゃわからないよ。そう思っているのがうちだけじゃ無いから、スプリンターで勝負してきている学校やチームもいるし、シャイニングヒルだって、スプリンターの大里選手をエントリーしてきているから。どっちの展開になってもおかしくないと思っているんじゃ無いかな」

 シャイニングヒルの監督土屋洋次は、海外でも走っていた元プロ選手だ。所属選手以外からの信頼も厚い名将と名高い人物だ。

「結局のところは、美幌峠を下って見るまで、どうなるか誰にもわからないよ」

 神崎は、自転車大好き少年の本性が隠しきれない様子で、目に見えて楽しそうにしていた。


 ホテルのロビーに着くと、神崎はチェックインの手続きを行い、レンタカーを借りに出て行った。

 冬希達は、各自部屋の鍵を受け取り、荷物を置きにいく。

 全日本選手権用にほぼ貸し切りのようで、自転車も部屋への持ち込みが可能となっていた。

 鍵と一緒に受け取った食事券を使用し、ホテルのレストランで昼食をとった後は、ロビーで神崎が戻ってくるのを待つ。

 ホテルの入り口では、コースの試走に行く選手達が、忙しく出入りをしている。

 冬希達のように、車でコースを回ってみるチームもあれば、自転車で実走するために、自転車を押して出ていく選手もいる。

「よう、青山、郷田」

「松平さん、日向さんも。お久しぶりです」

 会津若松高校のスプリンター松平幸一郎と、主に山岳で松平のアシストをしていた日向政人が自転車を押してやってきた。

「青山達はこれから試走か?」

「ええ、車ですが。松平さん達は、山に登ってきたんですか?」

「冗談。平坦部分だけだ。山は午前中に車で回ってきた」

「ですよね。前日にヒルクライムしたら、明日はレースにならないですよね」

「試走で本気で登る奴はいないよ」

 日向は、ゲンナリした冬希を見て笑った。

「明日はスプリント勝負ですか?」

「まあ、展開にもよるな。序盤の山岳で決まりそうだったら、日向で勝負だ」

 松平達も、シャイニングヒル同様に、どちらの展開になっても対応できるように、ハイブリッドな作戦のようだ。

「青山達は、スプリントに照準を合わせてきたのか?」

 松平も、他のチームがどういう考えなのか気になるようだ。

「そうですね。ただ、山も登れるように、体は絞りました」

「そうか、確かに前より絞れているかもな」

 日向が冬希の体を上から下まで見る。

 すると、神崎がレンタカーのリモコンキーを掲げながら戻ってきた。

「あまり時間もないし、行こうか」


 神崎の運転するレンタカーに乗り、冬希達はコースの下見を行った。

 助手席に置かれたカメラマウントに搭載されたビデオカメラで、撮影も行なっている。

 コースは、スタートしていきなり、藻琴峠を一気に登る。そして下った後は、30kmほど平坦が続き、今度は美幌峠を登る。下った後は、44kmの平坦というコースになっている。

「以前、同じコースで行われたレースでは、一つ目の峠で殆どのスプリンターがメイン集団から脱落していったんだ。残ったスプリンター達も、2つ目の峠で脱落していった」

 全国高校自転車競技会では、スプリンターチームの場合、アシスト選手が4人いるため、アシスト達が曳いてくれれば、まだメイン集団に戻れる可能性はあった。しかし、全日本選手権は、チーム戦ではなく個人戦に近いため、アシストを用意出来たとしても、1、2名。

 それだったら、どんな展開になっても、ゴールを狙える選手を一人でも多く参戦させた方が、勝率が高い。

 当然、1日で優勝を決めるレースなので、集団から脱落した選手の集合体である、グルペットに意味もない。ただゴールを切ったという事実に何の価値もなく、優勝以外は、失格と同じなのだから。


 ホテルに戻ると、冬希達はホテルに返しておいた自室の鍵をカウンターで受け取る。

「事前に宅急便で送っておいたローラー台が部屋にあるから、軽く足を回しておいてね。実走で走りに行く場合は、あまり遅くならないように。夕食後に、ミーティングをやろう」

 神崎は、部屋に戻って、ビデオでコースの分析をするようだ。

 冬希達も一旦自室に戻ろうとしたとき、ロードバイクを押しながらロビーに入ってきた男を見て、冬希は絶句した。

「よお、青山」

 坂東だった。その体は、引き締まったというより、無駄な脂肪を全て削ぎ落としたようにも見えた。腕、脹脛、そして太ももに至るまで、皮膚が薄く、稲妻のように身体中の血管が浮き出ていた。

 冬希は、潤が言った言葉を想い出していた。

「坂東選手は、ワンデーレースに強い。毎回、究極の仕上げを行なってくる」

 冬希は、自分が体を絞った気になっていたことの甘さを痛感した。

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