第124話 全国高校自転車競技会 表彰式②

 ステージ優勝の表彰式は、大きな歓声に包まれた。それは、勝ったのが地元福岡の立花だったからというのもあった。県民のほとんどがソフトバンクホークスファンというのもあり、地元を愛する県民性が出ている。

 続いて、新人賞の植原が表彰台に向かう。植原は、雛姫に向かって、サムズアップしてみせ、雛姫も植原にサムズアップをして返した。

 1年生の中で、1番総合タイムが短い選手が表彰されるこの新人賞で、第1ステージで冬希がステージ優勝をして、1年生の中で総合成績1位となった翌第2ステージから、冬希が総合リーダージャージ着用のために、繰り上がりで植原が着用して以来、この最終ステージまでずっと植原が着用してレースしていたため、彼が獲得するのが当たり前のような空気となり、誰も話題にしていなかった。

 しかし、東京代表で、福岡には東京から来ている人が多かったという点と、植原が総合成績で全学年含めて第2位になったことで、実力自体は認められており、温かい拍手で祝福された。


 次に、スプリント賞の表彰が行われた。

 冬希は、表彰台に向かう途中に春奈の姿を見つけて、小さく手をひらひらと振った。春奈も、控えめにひらひらと振って返した。

 冬希は、ステージ4勝と、今季の全国高校自転車競技会で最多勝を獲得し、それ以外でも、第6ステージで立花にボトルを渡して脱水症状寸前の近田のフォローに行かせたり、第7ステージでは、パンクの後に交換したホイールの空気圧が高すぎることに気がついて尾崎にアドバイスしたり、今大会で1番話題の選手となっていた。そのため、地元の立花に負けず劣らず、大きな声援を受け、これにはさすがに冬希もびっくりしていた。

 柔道をバックボーンに持つ圧倒的なスプリント力を誇り、「光速スプリンター」の異名で呼ばれた。

 表彰台で声援を受ける冬希を見て、春奈は少し痩せたと思った。

 前からそんなに余分な肉の付いている方ではなかったし、胸板の厚さは変わらないが、全体的に無駄な肉が削げ落ちて、サイクルジャージ越しに筋肉のラインがはっきりわかるようになっていた。

 今回の大会は、それほど過酷だったのだろうということが、春奈にもわかった。


 次の山岳賞の尾崎が表彰された。

 昨年は、2年にして総合優勝を果たしており、今年も圧倒的大本命で臨んだが、第4ステージで千葉が冬希を総合エースに見せかける作戦を行い、尾崎が冬希をマークしている隙に船津に総合首位に立たれてしまった。

 先行逃げ切り型だった尾崎にとって、追いかける展開は不慣れで厳しく、第6ステージでステージ優勝を挙げたものの、第9ステージ、第10ステージでは一か八かの勝負を強いられ、結果的に総合表彰台も失った結果となった。だが、常に総合優勝だけを目指す積極的なアタックにファンも多く、大きな歓声を受けていた。


 最後に、総合上位3人が表彰台に上がった。近田、植原、船津だ。

 近田は、昨年の本大会で、序盤で落車事故に巻き込まれてリタイアしたが、実力自体は元々評価が高く、不世出のオールラウンダーとして、密かに彼こそ最強と推すファンも多かった、しかし、第5ステージでステージ優勝を挙げたものの、第6ステージで尾崎との攻防に敗れ、タイムを落としてから堅実な走りで総合優勝を目指したが、最終的には無理な仕掛けでタイムを失った尾崎の自滅で表彰台を獲得した。

 船津は、ステージ優勝こそ第7ステージのみだったが、第4ステージでは秋葉に、第9ステージでは植原にステージ優勝を譲り、名を捨てて実を取る知的な判断が光り、玄人たちの心を鷲掴みにした。特に、第4ステージで総合1位を獲得して以降、尾崎、近田、植原の猛攻を一つ一つ丁寧に対処し、先々まで計算して時には追ったり、時には行かせたり、緩急自在な戦法で総合1位を守り切った冷静さは、日本中を唸らせた。


 表彰台で3人が歓声を受けて一礼し、司会が全国高校自転車競技会の閉会を宣言した。


 表彰式後、立花、あゆみ、植原、雛姫、冬希、春奈の6人で集まっていた。

「冬希くん、痩せた?」

「痩せた痩せた。3kg減ったよ」

「うわ、痩せたねー」

 春奈が冬希の体をペタペタと触る。

「青山と立花は、オールラウンダーに転向する予定はないのかい?」

 植原が問うた。スプリントで好成績を残した選手でも、山も登れればオールラウンダーとして活躍し始める選手は少なくない。

「俺はないかな。山登れないし。立花は行けるんじゃない?」

「そうだな。今後どうするかは、先輩たちとも相談になると思う」

 立花は、第6ステージで近田にボトルを届けるために、スプリンターではありえないペースで登りをこなした。

「僕は、青山も練習すれば十分対応できると思うんだけどな。体重も絞れたみたいだし」

 植原が考え込む。

「10日間もぶっ続けでレースしてれば痩せるよ。またリバウンドする予定」

 植原と立花が笑い、雛姫とあゆみと春奈は、私たちも痩せるかな、とひそひそ話をしている。

 すると、冬希は後ろから「おい」と声をかけられた。

 振り返ると、そこには私服に着替えた坂東が立っていた。

「青山、全日本選手権に出てこい。そこでお前を叩き潰してやる」

 大会を終えたばかりだというのに、坂東の両目には闘志が漲っているのが見えた。

「選考基準は知らないのですが、俺が出れるかどうかはわかりませんよ?」

「青山、4賞ジャージを獲得した選手と、総合表彰台に上がった選手は、故障中でもない限りは、全員参加選手として招集される。当然拒否権はあるけどな」

 植原が横から教えてくれた。

「青山、逃げるなよ」

 坂東は冬希をひと睨みすると、背中を向けて去っていった。

「えっと、全日本選手権っていつだっけ?」

「7月上旬だ。ちなみにインターハイが7月下旬、国体が10月」

 立花が丁寧に答えてくれた。

「今後の身の振り方を考えないとな・・・」

 冬希は今後のことを考えて、頭を抱えた。そもそもフレームにヒビが入った自転車をなんとかしなければならないのだ。

 その後、男子3人と女子3人は、それぞれ連絡先を交換し、再会を約束して会場を後にした。

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