第113話 第9ステージ表彰式
ステージ優勝の表彰式で祝福を受ける植原を見て、冬希は素直に凄いと思っていた。
位置取りや仕掛けのタイミングなど、一瞬のミスで全てが台無しになるスプリントと違って、ヒルクライムは本当に力が求められる。そんな中で、修練を重ねてきた3年たちを破ってステージ優勝することは、1年にとっては本当に困難なことだろうと思う。
ステージの上では、植原のインタビューが続いている。
「はい、有馬選手は、ずっと意識していた存在でした。我々の学年だけではなく、大人に混ざって結果を残してきて、雑誌などのレースの結果で、上位に来ているのを何度も目にしていました」
「その有馬選手に競り勝ちました。中体連の優勝者として、負けられない気持ちもあったんじゃないですか」
「それはありました。ただ、彼を抜けたのは、千葉の船津選手のアドバイスに従って、ギリギリまでアタックを我慢した結果だと思っています。そうでなければ、彼に追いつくこともできなかったかもしれません」
総合1位の表彰式を待っている船津に視線が集中する。当の船津は苦笑いをしている。
「ほう、そんなことが・・・。さらに、ゴール前では、船津選手にアシストしてもらっている様にも見えました」
インタビュアーは、植原が船津の名前を出したことで、聞くかどうか迷っていたことを聞くことにした。
「はい、船津選手が僕を抜く際に、牽くよって言ってくれたんです。そして僕が呼吸を整える余裕をくれました」
「後ろからは近田選手が迫っていました」
「はい、全てが限界でしたが、船津選手の後ろで少し呼吸が整えられたので、なんとか逃げ切れました」
「1年生での山岳ステージでの優勝です。今のお気持ちをお願いします」
「勝てたと言っても、船津選手から勝たせてもらったようなものなので、実力的にはまだまだだと思っています。ただ、今大会目標にしていたことなので、本当に嬉しいです。同じ1年生で4勝もしている人もいるので、話題にもならないかもしれませんけど」
場内でどっと笑いが起こる。冬希は恥ずかしくなり、両手で顔を覆った。
植原は、ステージから降りてきて、次の新人賞の表彰式のために袖で待機している。
「俺をいじらないでくれよ・・・」
冬希は、若干いじけた感じで植原に言った。
「僕は、君のようにみんなの前で気の利いたことを言うのが得意じゃないからね。ちょっと利用させてもらったんだ」
「まぁ、別にいいけど・・・」
植原は、真面目で常に受け答えもしっかりしており、軽口などは叩かないので、ちょっと意外に思った。
ステージ上では総合1位の船津のインタビューが始まっている。
「植原選手を先に行かせたのは、早めに前を潰しに行って欲しかったからです。前に尾崎選手、後ろには近田選手がいて、植原選手も含めると、同時に3人を相手にしなければなりませんでした。なので、植原選手と尾崎選手を戦わせ、自分は近田選手の対応に集中したかったのです」
「しかし、アタックを待つように植原選手にアドバイスしたとのことですが」
「植原選手は、仕掛けようかどうか迷っているようでした。1番効率の良いタイミングをアドバイスしました。ライバル選手からのアドバイスを聞き入れてアタックを待った植原選手の度量には驚かされます」
「そしてゴール前、植原選手を牽引しました」
「尾崎選手を捕まえてくれたお礼みたいなものです」
「明日は平坦ステージなので、ほぼ総合優勝を手にしたと言っても良いのではないでしょうか」
「いえ、最終日に逆転された例も何回かありますし、最後まで完走することも必要なので、注意深く走りたいと思います」
船津がステージから降りてくる。植原と冬希の2人に軽く手を挙げて、そのまま待機エリアに去っていった。
冬希と植原の話題は、明日の最終第10ステージの事になった。
「青山、明日は勝ちに行くのかい?」
「うーん、チームの方針次第かなぁ。1番はやっぱり船津さんの総合優勝だから」
ステージの近くを、有馬が通りかかった。
「有馬、お疲れ様」
冬希が声をかけると、有馬はギョッとした。青山冬希という有名選手に、自分が個体認識されているとは思っていなかったのだ。
有馬は、照れたようにポリポリと頰をかくと、植原と冬希のもとに歩み寄っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます