第112話 第9ステージ結果

 ゴール後の脊振山頂、今日もスプリント賞のグリーンジャージをキープできた冬希は、ステージ優勝したらしい植原に、一言おめでとうを言おうと思っていた。

「うわ、混んでるなぁ」

 しかし、植原の横には、マネージャーの雛姫が、そして周囲には、報道部活連の記者やTVのリポーター達が群がっている。冬希は、邪魔にならないように、少し離れたところで待っていた。

 雛姫に寄り添われている植原を見て、冬希は

「いいなぁ」

 と思わず口にしてしまい、慌てて周囲に誰もいないことを確認した。

 冬希には、恋人と呼べる存在がいたことがない。中学時代、荒木真理といい感じになっていた時期はあったが、0か1かでいえば0だ。

 植原と雛姫が付き合っているかどうかは知らないが、きっと付き合っていても、ああいう感じだし、きっと楽しくて嬉しいものなんだろうな、と思ってしまう。

 ふと、冬希に気づいた雛姫がひらひらと手を振ってきたので、植原にも周りの記者達にも気付かれてしまった。

「青山」

 植原がゆっくり立ち上がり、記者達が「モーセの海割り」のように道を開ける。もうこうなったら行くしかない。

 冬希が植原の方まで近づき、握手でもするかと手を差し出そうとすると、植原が倒れかかるように抱きついてきた。冬希は、こんなキャラだっけと驚きつつも、ぽんぽん背中を叩き、健闘を称える。

 どちらからともなく抱擁を解くと、植原は真面目な表情で冬希を見つめた。いい顔になったなと冬希は思った。

「僕も、やっと一勝できたよ。青山」

「ああ、俺も自分のことのように嬉しいよ」

 植原は右側を雛姫に支えられているので、冬希は左手を差し出し、ガッチリと握手をする。植原は顔を伏せ、また泣きそうになっている。

 後ろを向くと、植原のチームメイトである東京代表の慶安大附属の選手達が待っていたので、雛姫と植原に軽く手を挙げて挨拶し、その場を後にした。


 冬希は思う。自分は元々エースである船津のアシストであり、第1ステージで勝ったのもたまたまだった。

 だが、植原は違う。彼は、全国常連のチームの中でも1年生ながらにして実力を買われて、エースに抜擢されたのだろう。新人賞のジャージを着用し、総合成績でも上位に位置しているが、プレッシャーという面では、冬希とは桁違いだっただろう。

 総合上位に位置していても、ステージ優勝するのとしないのとでは、その選手の評価が大きく変わる。全国高校自転車競技会というのは、そういう場なのだという。

 冬希は立てかけてあった自分の自転車を起こし、待機エリアに歩いて行った。

 先に千葉の待機エリアにいた船津は、レース中に着ていた総合リーダーのイエロージャージから、表彰式用に通常のチームのサイクルジャージに着替えている。表彰式では、通常のジャージの上から、各々のリーダージャージを着せてもらうことになる。無論、冬希のスプリントリーダージャージもそうなので、冬希もいそいそと着替え始める。

「船津さん。もしかしたら、俺がステージ勝つごとに、植原には何かプレッシャーになっていたのかもしれないですね」

 自惚だと思われるかもしれない、と思ったが、冬希は言葉を選びながら言うことにした。

「ああ、そうかもしれないな」

 船津にも、植原の気持ちは少しわかった。

「冬希、お前随分羨ましそうに植原を見てたな」

 柊が、船津も思っていながら口にしなかったことを言ってきた。よほど羨ましそうな顔をしていたのだろう。

「柊先輩。俺も彼女欲しいっす」

「はぁ?」

 柊と潤が怪訝な顔をして、船津と郷田は思わず吹き出した。


■第9ステージ結果

1:植原 博昭(東京)131番 0.00

2:船津 幸村(千葉)125番 +0.00

3:近田 徹(福岡) 401番 +0.04

4:有馬 豪志(宮崎)451番 +0.34

5:尾崎 貴司(静岡)1番 +0.45



■総合成績

1:船津 幸村(千葉)125番 +0.00

2:尾崎 貴司(静岡)1番 +1.51

3:植原 博昭(東京)131番 +2.32

4:近田 徹(福岡) 401番 +3.21


■スプリント賞

1:青山 冬希(千葉)121番 271pt

2:坂東 輝幸(佐賀)441番 231pt

3:柴田 健次郎(山梨)191番 71pt


■山岳賞

1:尾崎 貴司(静岡)1番 96pt

2:船津 幸村(千葉)125番 79pt

3:近田 徹(福岡) 401番 62pt

4:植原 博昭(東京)131番 61pt

5:秋葉 速人(山形) 61番 49pt



■新人賞

1:植原 博昭(東京)131番 0.00

2:有馬 豪志(宮崎)451番 +4.05

3:南  洋平(栃木)95番 +30.38

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