第86話 全国高校自転車競技会 第7ステージ(屋久島灯台~淀川登山口)②

 秋葉と四王天には、勝算はあった。

 今日は雨が降る。雨が降れば、路面が濡れ、滑りやすくなる。

 特に山岳コースでは、アスファルトに苔が生えていたり、落ち葉が積もっていたりして、一層滑りやすくなっており、強烈なアタックのような、スピードの緩急にタイヤのグリップが対応しきれない可能性があるのだ。

 それは逃げる側にとっては、有利なことだった。

 たった2人ならば、道路の自分の好きなところが走れる。

 落ち葉や、苔が生えている場所などを避けて走れる。

 しかし、人数の多いメイン集団では、そうはいかない。

 自分が動ける範囲が制限され、通りたく無い場所を通らされることになる。

 スリップし、落車などが発生すれば、他の選手たちも巻き込まれ、集団の人数が減ったり、集団自体が遅れて、追走どころではなくなる可能性も出てくる。

 そういう事象は、全て逃げている2人に有利にはたらくのだ。


 秋葉と四王天は、背中のポケットからレインウェアを取り出し、身に纏う。

 他の選手たちも、同様にレインウェアを着始める。だが、それが着終わるのを待たずに、2人は残りの逃げメンバーを引き離しにかかった。

 山岳の登口である。

 2つのスプリントポイントを1位通過して、すでに今日のレースに対するモチベーションを失っている、坂東を含め、残っていた逃げ選手4名が遅れていく。

 坂東にとっては、2つ目のスプリントポイントが今日のゴールと言って良かった。坂東は、静かにこの日の仕事を終えた。


 秋葉と四王天の計画通り、2人が登りに入った2分後に、メイン集団が上り口に入ってきた。

 先頭は静岡のアシスト、国体優勝経験もある丹羽が曳いている。できるだけいいポジションで登りに入りたい総合上位勢の熾烈な主導権争いの結果、強烈なアシストメンバーを誇る静岡が制した形となった。

 雨で滑りやすくなっている坂は、落車の危険性も格段に高くなる。

 自分たちの前で落車が発生すれば、落車した選手や、避けようとした選手にコースを阻まれ、高確率で遅れてしまう。だから、総合上位勢は、脚を使ってでも集団の前方で登りに入りたかった。


 登りに入るタイミングで、100名以上いた集団は、登り始めですぐに40名程度まで絞られた。

 なんらかの形でここまでの間に脚を使った選手は、すぐに遅れていった。

 静岡の丹羽、尾崎、福岡の舞川、近田、千葉の平良柊、船津、東京の沖田、植原が前を占める。三重の伊勢崎、宮崎の有馬、群馬の泉水ら、総合トップから5分以内に踏みとどまるメンバーも集団に残っている。

 冬希は、ほぼほぼ出番がないまま、集団の最後尾でヒイヒイ言いながら千切れないように食らい付いていた。

 今日のステージは、登りが1つで、山頂ゴールへの登りにしかないとはいえ、その距離23km、標高差1600mを登らなければならないのだ。

 しかも、今回の登りの特徴として、平坦部分と、10%を超える登りの繰り返しとなっている。

 その変則的な登りと、呼吸の邪魔に感じるレベルの強烈な湿気が、選手たちの体力を容赦なく奪っていった。

 

 降り続く雨の中、モトバイクがホワイトボードに書く逃げの2人とのタイム差は、1分になってから縮まらなくなってきた。

 逃げの2人は、登りは秋葉が牽引し、平坦区間になれば四王天が曳くというやり方で、巧みに逃げ続けていた。

 登り初めて8km、山頂ゴールまで残り15kmの地点で、静岡の丹羽がペースを上げ、尾崎を発射した。

 力を使い果たし、下がっていく丹羽。

 福岡の舞川は、尾崎を追おうとするが、尾崎は平坦区間で発射された為、クライマーの舞川は尾崎の影も踏めない。

「舞川、ご苦労だった!」

 近田が慰労の言葉をかけ、舞川を抜いて尾崎の後を追う。船津、植原も近田の後ろに続く。伊勢崎、有馬、泉水と続くが、その後ろはついて来れない。

 

 尾崎が、近田や船津たちのグループを、グングンと引き離していった。

 

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