第78話 氷解
立花は、近田を座らせて、スポーツドリンクの入ったボトルを渡した。
近田は少しずつそれを飲む。
「立花、助かった。ありがとう」
「いえ、青山に言われたんです。近田さんがボトルを落としたから、届けてやれって。静岡のアタックで、運営車からもらう余裕はないだろうからって」
「青山君か。また、助けられたな。彼自身は、貸しだなんて思っていないのだろうけど」
近田は正義感が強く、困っている人を放っておけないタイプだが、その近田をもってしても、冬希の
親切心というか、全方位への配慮のようなものは、尊敬の念を禁じ得ないものがあった。
先頭から遅れた選手たちが続々とゴールしてくる。
「近田、大丈夫か!」
舞川も遅れてゴールして来た。
舞川は、大会運営のモトバイクから、近田が止まって自転車を降りたという情報を聞いていた。
「ああ、ドリンクボトルを落としてしまって、ピンチだったんだが、立花がボトルを持ってきてくれた。そのあと、ゴールまで俺を引っ張ってくれたんだ。おかげで大きく遅れずに済んだ」
「立花・・・ありがとう。俺からも礼を言う」
「いえ、そんな・・・俺の方こそ、迷惑ばかりかけてしまってて・・・」
舞川も、立花も黙り込んでしまう。お互いがお互いに対して、複雑な気持ちを抱いていたのだ。
ふと立花の目が、チームメイトに曳かれてゴールに入ってくる冬希の姿をとらえた。
近田もそれに気づく。
冬希はアイウェアを外し、立花たちに、わざとらしいうえに、かなり下手なウインクを何度もしてきた。
あまりにコミカルな顔に、近田も立花も舞川も、吹き出してしまった。
立花は、意を決して、胸に秘めていた思いを口にした。
「近田さん。俺も、福岡のチームの一員として走らせてください」
「立花・・・」
舞川は、驚いたように立花を見た。
近田は力強くうなずいた。
「お前のような強力な選手が力になってくれるなら、こんなに心強いことは無い。よろしく頼む」
「はい!」
「その前に、やっておかなければならないことがあるな。立花、一緒に来てくれ」
その後、大会運営は、福岡の近田選手の自己申告により、補給禁止区間での補給を受けたとして、総合タイムに1分のペナルティを課すことを発表した。
第3ステージと同じ場所に立てられたステージの横に、総合1位の船津、スプリントポイント1位の冬希、新人賞の植原が揃っていた。
「あーあ、黙っていればバレなかったのに」
近田にペナルティが課されるという決定を、4人はすでに聞いていた。
冬希は、口では残念そうに言ったものの、少し嬉しそうな顔をしているように、船津や植原には見えた。
「それが、近田という男なんだろう。勝つことを求めるあまり、曲がったことを許容できなかったんだ」
そういう人間とギリギリのところで勝負していることが、船津も冬希も植原も、本当に楽しかった。
遅れて、ステージ優勝かつ、新たに山岳ポイント1位の尾崎が現れ、表彰式が始まった。
■第6ステージ結果
1:尾崎 貴司(静岡)1番 0.00
2:植原 博昭(東京)131番 +0.56
3:船津 幸村(千葉)125番 +0.56
4:立花 道之(福岡)405番 +1.07
5:近田 徹(福岡) 401番 +1.07
■総合成績
1:船津 幸村(千葉)125番 +0.00
2:尾崎 貴司(静岡)1番 +0.52
3:植原 博昭(東京)131番 +2.02
4:近田 徹(福岡) 401番 +2.59
■スプリント賞
1:青山 冬希(千葉)121番 193pt
2:坂東 輝幸(佐賀)441番 146pt
3:柴田 健次郎(山梨)191番 71pt
■山岳賞
1:尾崎 貴司(静岡)1番 63pt
2:船津 幸村(千葉)125番 44pt
3:丹羽 智将(静岡)2番 44pt
4:近田 徹(福岡) 401番 38pt
5:秋葉 速人(山形) 61番 37pt
6:植原 博昭(東京)131番 31pt
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます