第73話 神崎高校の頭脳
朝6:00、冬希はカーテンの間から差し込む朝日で目が覚めた。22:00前には寝ていたので、8時間以上は寝たことになる。
レース後にローラー台で回復走を行い、寝る前に長い時間かけて軽いストレッチをしたので、思ったほど疲労は蓄積していない。
窓から外を見ると、相変わらず雄大な阿蘇の山々が深い緑をたたえている。
この世界有数のカルデラを、出来れば、サイクリングとか観光とかでゆっくり見て回りたかったと思う。
先日、そのことを先輩の平良柊に話したのだが、
「何言ってんだお前、結局走るんだから同じだろ」
と一蹴されてしまった。
恐らく、この人の感性とか情緒とかのスイッチは「切」と「強」しかないのだろうと、冬希は思った。
扇風機ならゴミだ。
愛すべき先輩が扇風機ではなかったことを神様に感謝しつつ、冬希は顔を洗うために洗面所へ向かった。
平良潤は、今日の第6ステージのコース図とコース断面図をにらみつけていた。
疲れてはいたので、すぐに寝てしまったものの、今日のレース展開が気になり、4時には目が覚めてしまった。
福岡の近田も、静岡の尾崎も、驚異的な強さだ。
船津は、総合リーダーにはなったが、まだステージ優勝は無い。
昨日は、福岡の山岳アシストを務める舞川の強力なアタックに対応できず、潤自身もアシストでありながら、先頭集団からあっという間に脱落してしまった。
あのアタックに涼しい顔でついて行った近田も尾崎も圧倒的だが、アタックを仕掛けた舞川自身と、尾崎のアシストの丹羽の力も強力だ。
今日の阿蘇最終日を終えれば、明日は休息日だ。
なので、戦い慣れしている静岡は、間違いなく今日、全てを出し切って仕掛けてくるだろう。
今日のレースで有利になっておけば、休息日に回復できるのはもちろん、精神的にも楽に、休息日明けの第7ステージへ向かえる。
今日の断面図を見る。仕掛けどころは3か所だ。
阿蘇山頂への登り、そして阿蘇山頂からの下り、そして大観峰への登りだ。
今日のステージは、第4ステージと第5ステージを合わせたような構成になっている。
ただ、大観峰への登りは、第4ステージとは比べ物にならないほど厳しくなっている。
阿蘇のカルデラは、山が陥没してできたと言われている。
つまり、外側から大観峰へ登る分は、普通の山なのだが、カルデラの内側から登る場合には、そこはもう崖なのだ。
ただ、静岡は下りを得意としており、丹羽も尾崎も、本気で下り始めると太刀打ちできるチームは無い。
色々な展開を予測してみるが、結論は出ない。
すると、潤たち3人が寝ていた部屋から、のそのそと冬希が起きてきた。
「潤先輩、早いですね」
「ああ、ずっと今日のレースのことを考えていた」
「ちゃんと寝れました?」
「6時間は寝たと思う」
冬希は、テーブルに置かれた断面図を手に取り、寝ぼけ眼でぼんやりと眺めている。
「今日は、静岡が仕掛けてきて大変なステージになるでしょうねぇ」
「ああ、問題はどこで仕掛けてくるかだ。冬希」
「何を言ってるんですか、潤先輩。最初の、山頂への登りで仕掛けてくるに決まってるじゃないですか。仕掛けを遅らせる理由は、何もないです」
潤はハッとなった。普通に考えれば、当たり前のことだ。考えすぎる癖は良くないと、監督の神崎や船津からよく言われていることだった。
起きてきた弟の柊と、3人ですぐに着替え、3年の郷田と船津の泊まる部屋に向かった。
二人は既に起きており、コース図を見ながら話をしていた。
ミーティングの冒頭で潤は、恐らく静岡が、阿蘇山頂への登りで、すぐに仕掛けてくるだろうという予想を話した。
「ああ、俺もそう思うよ。潤。仕掛けが遅れれば遅れる程、あまりタイム差がつかなくなるからな」
静岡の尾崎は、船津に対して総合タイムで1分48秒遅れている。ゴール直前でのアタックでは、昨日のように、あまりタイム差を詰めることは出来ない。
近田も尾崎も、船津を抑えてゴールすることは出来た。しかし、肝心のタイム差は、あまり縮まらなかったのだ。
可能な限りタイム差を詰めるため、静岡は早めに仕掛けて、船津を引き離してゴールする必要があった。
静岡の攻撃に対してどう対応するかは、静岡の攻撃に他のチームが反応するか否かで決めることになった。
冬希などは、そんなものは放っておけばいいなどと言って、船津などは苦笑していたが、追いかけて潰すことだけがレースでないという意味では、あながち間違ってはいない。ただ、逆転されるリスクが高い。
潤は、またあれこれ考えすぎている自分に気が付き、反省した。
だが、考え抜くこと以外に、潤は自分の戦い方を知らなかった。
レースが始まるまで、またいくつかのパターンのシミュレーションを頭の中で行っておこうと思い、5人で朝食へ向かった。
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