第64話 全国高校自転車競技会 第4ステージ(高塚地蔵尊~阿蘇大観峰)④

一、墜ちた総合リーダー


 メイン集団から脱落した冬希は、10%近い登りを、ゆっくりと登って行った。

 ペダルが重く、ギアを落とそうして、既に一番軽いギアに入ってることに気が付き、思わず笑ってしまう。

 メイン集団が去った後も、ぽろぽろとメイン集団から遅れていた選手たちが現れ、冬希を抜いていく。

 みんな、一様に総合リーダーのイエロージャージが遅れていく姿に驚いた様子だ。

 スプリントポイント数2位、繰り上がりでグリーンジャージを着用した坂東も冬希に追い付いてきた。

 グリーンジャージの袖には、全日本チャンピオンの証の、日の丸が描かれている。

「青山、お前、落ちてきたのか」

「はい、坂東さん。メイン集団まで連れて行ってくれたら、良いことがあるかもしれませんよ」

 坂東は、ニヤリと笑うと冬希を置き去りにしてダンシングで急な勾配を登って行った。

 冬希が失格になれば、スプリントポイント1位が居なくなり、2位の坂東が繰り上がって1位になり、名実ともにポイント賞リーダーになる。置いていくのは当たり前だ。

 冬希も、最初から坂東が牽引してくれるなどとは思っていなかった。ただ、ちょっと反応が見たかったのだ。概ね、予想通りだったが。

 冬希は、ぼちぼちと坂を上っていくことにした。


二、グルペット


 一番きつい勾配区間を終わったあたりで、後方にぞろぞろとひと塊の集団が来ていることに気が付いた。

 先頭を曳いているのは、福島の選手だ。その後ろには、日向や松平の姿も見える。

 冬希を見つけると、無くしていたパズルのピースをタンスの裏から見つけたような表情をして、松平に

「やったぞ、幸一郎。これで完璧だ」

 と言った。

 日向は、冬希に近づいてくると。

「青山、丁度いい。グルペットに加われ」

 と言った。

 冬希が潤に教えてもらった記憶では、グルペットとはイタリア語で「小集団」という意味であり、たしか、タイムアウトにならないために協力して走る集団のはずだ。

「日向さん、グルペットって・・・このペースだと間に合いませんよ」

「大丈夫だ。俺に考えがある。お前はのんびり集団の前方で一緒に走ってくれていたらいい」

 冬希は、かなりゆっくり坂を上ってきたので、急勾配区間が終わると多少は息が整っていた。脚の筋肉はプルプルしていたが、息さえ整っていれば、今ぐらいの坂なら、軽めのギアをくるくる回せばある程度のペースを維持することは可能になっていた。

「わかりました」

 冬希は、松平の横に付ける。

「よぉ、青山。顔なじみはだいたいいるぜ」

 冬希は振り返ると、北海道、山梨、島根、大分、鹿児島と言ったスプリンターチームもほとんど居た。

 それよりも、その集団の長さに冬希は驚いた。

「これ、何人いるんですか?」

「さあ、80人ぐらいじゃねぇか?」

 日向が後ろを振り返って

「まだまだ増やすぞ」

 と言った。


 グルペットは、前から下がってくる人々を吸収しつつ、さらには後ろから上がってきた選手たちも合流し、どんどん大きくなっていく。

 1級山岳の頂上を通過し、丁寧に下り坂を下っていく。

 平坦はある程度スピードを出し、大観峰への長い登りへ入って行く。

「なげぇな、この坂。なあ青山」

 長い登りにうんざりした表情の松平が話しかけてくる。どうやら暇なようだ。

「なんですか?」

「今、この状況で、ドラえもんの道具が1つ貰えるとしたら、何が欲しい?」

「新幹線カードですかね」

「それはドラえもんじゃねーよ!」

 正解、桃太郎電鉄だ。

「どこでもドアとか、タケコプターとかじゃねぇのか」

「そんなの使ったら、失格になるじゃないですか」

「妙なところでリアルだな。てか、新幹線カードはなんでルール上OKになってるんだよ」

「お前ら、審判車が来たぞ。頑張って登ってる雰囲気を出せ」

 後ろを向いて日向が叫ぶ

「く、苦しい。でもタイムアウトになりたくない・・・ひいひい」

「松平さん、俺を置いて行ってください、俺はもう駄目です」

「青山、弱音を吐くんじゃねぇ!一緒にゴールするって言ったじゃねえか」

「目が覚めました。松平さん。例えこの腕が折れても、一緒のゴールして見せます」

「自転車だから腕は関係ねぇなぁ」

「ショートコントは良いんだよ!表情だけ作れば」

 日向はあきれている。


三、救済措置


 どんどん膨れ上がったグルペットは、ゴールまで残り1km付近までやってきた。

「なぁ、青山。今ならドラえもんの道具、何が欲しい?」

「うーん、最果てカードですかね?」

「おい、絶対に使うんじゃねぇぞ!」

 最果てカードは、相手を一番遠いところに飛ばす桃鉄のカードだ。

 そうこう言っているうちにグルペットは全員ゴールラインを通過した。完全にタイムオーバーで失格になるタイムだ。

 

 運営は、頭を抱えた。

 ルール通りなら、タイムオーバーになった選手全員を失格にしなければならない。

 だが、その中には、今回の大会を盛り上げた3勝のスプリンター青山や、他の有力スプリンター達も含まれており、今後のスプリントステージが盛り上がりに欠けたものになってしまう。

 そして何より、タイムオーバーになった選手が126名も居たことが最大の悩みの種だった。

 全員失格にすると、半数以上の選手がいなくなり。全滅のチームも多数出る。

 そうなると、大変しょんぼりな大会になり、日本国民の関心も失せ、スポンサーもガッカリさせてしまう。

 大会運営は、優勝した秋葉を含む、ゴールした全選手たちに、タイムオーバーした選手たちの救済を行う方針であることを通知した。

 ここで反対したのが、佐賀の坂東だ。

 坂東は、冬希が失格になれば、スプリントポイントリーダーとなれる。佐賀の監督も一緒に運営に抗議している。

 二人の主張は、本来ならレースに復帰できない立場なのだから、救済するにしても、今まで獲得したスプリントポイントを剥奪すべきだということだ。

 しかし、大会の運営はこれも拒否した。

 大会規則には、「大会運営側の判断により、タイムアウトになった選手を救済することが出来る」と記載があるが、ペナルティに関しては「総合タイムに60秒加算する」という事しか明記されていない。

 最初から、大会運営側は、60秒ペナルティを与えて救済するか、救済せずに全員失格とするかという二つの選択肢しかなかったのだ。

 タイムアウトになるほど遅れた選手に、今更60秒のタイムペナルティが与えられたとしても、まったく影響はない。つまり、ノーペナルティと一緒なのだ。

 冬希は、失格を免れ、総合リーダーと新人賞は失うことになったが、スプリントポイントリーダーは引き続きキープすることになった。


四、日向の読み


 日向にとって、冬希は保険だった。

 強烈なスプリントを見せて大会を盛り上げた冬希は、大会ファンからの人気がとても高い。

 一緒にゴールすれば、まず失格にされることは無いだろうと思っていた。

 そして、イエロージャージを着た冬希が集団に居ることで、後ろから上がってきた選手たちは、このグルペットがメイン集団であると誤認し、グルペットにとどまった。

 先に行けば、タイムアウトを免れたであろう、平坦で千切れた登りの得意な選手たちも少なからず居たはずなのにだ。

 その結果、大会運営側が失格にできない程多くの選手を巻き込むことが出来た。

 これが10人~20人であれば、冬希が居たとしても、大会運営側は失格にしていたかもしれない。

 日向からすれば、大会運営側の考えが甘いのだ。

 コースの距離が短い、登りステージでは、ゴールタイムが短くなり、制限時間も短くなる。

 登りが苦手な選手たちがスタート直後から遅れ始め、失格者が多くなるのは、日向からすれば当たり前なのだ。

 日向は徹底して、松平にとってキツく無いペースでグルペットを走らせた。

 その結果がタイムアウトだったのだ。搦手で失格を回避するしかなかった。


五、表彰式


 冬希がゴールした時には、既に表彰式は始まっており、ステージ優勝の山形の秋葉、総合リーダーの静岡の丹羽、そして新人賞の植原、山岳ポイント賞の秋葉が表彰された。

 冬希は、慌てて表彰式の準備をし、スプリントポイント賞の表彰を受けた。

 地元の可愛い女子高生にグリーンジャージを着せてもらい、舞台を降りると、舞台袖で、新人賞のホワイトジャージを着た植原が待っていてくれていた。

「青山、君が失格にならなくて本当に良かった」

 植原が右手を差し出してくる。

「新人賞おめでとう、植原。なんとか首の皮一枚繋がったよ・・・」

 冬希は、その手を握る。

 明日からは、冬希は船津のアシストに徹する。スプリントポイントリーダーも、何時坂東に奪われるかわからない。

 だが、冬希の目的は、船津に総合リーダーを獲らせることだ。

 冬希は、何時まで着るかわからないグリーンジャージを着て、チームメイトの元に戻っていった。

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