第39話 青山冬希 VS 今崎健(国体8位)

 スタート後は、稀に見るアタック合戦となった。

 チームは5人の合計タイムで争われるため、あまりペースが上がりすぎて、1人でも集団から千切れると、その高校は脱落してしまうことになる。殆どの高校はハイペースにならないことを期待していたが、早めに集団の前の方に付けて置きたい神崎高校、おゆみ野高校、前年度2位の南船橋高校の3校が、積極的に前を曳き、先頭だけ3列で、その後は集団が1列に伸びた状態になっていた。


 コースは、千葉ポートパークをスタートし、海浜大通りに出るとそのままららぽーとTOKYO-BAYを左回りで一周し、同じ道を戻っていき、最後はフクダ電子アリーナの作られたコースを一周してゴールとなる。距離は50km弱。


 ドローンで上空から集団が映し出されると、三つ又の鉾のような形になった集団が進んでいく。3校とも忙しく先頭交代のローテーションを回していく。しかし、神崎高校のそれに、冬希は入っていない。冬希は上級生4人に守られながら、チームの最後尾を走っていた。


 淀みのないペースでレースは進んでいく。一列に伸び切った集団からは、ポロポロと脱落する選手が出始めた。だが、このペースでゴールまで走りきることは絶対にない。海浜大通りに入ったところで、一瞬集団のペースが緩んだ。

 その瞬間、上級生に守られて、脚を温存していた冬希は、チームメイトですら虚を突かれるタイミングで集団から飛び出していた。アタックだ。

 冬希は三つ又の逆サイドの鉾に目をやると、丁度同じタイミングで飛び出したおゆみ野高校のエース、今崎健と目が合った。

 そしておゆみ野高校は予選会突破のために、必ず今崎がアタックしてくる。そしてそのタイミングは、集団のペースが一瞬緩んだ時だと、冬希は読んでいた。

 そして、今崎のアタックした瞬間を見てから追いかけても、絶対に追い付けないことも悟っていた。

 タイミングはドンピシャだった。


 冬希は、今崎の後ろに付く。

 冬希たちのアタックから一瞬遅れて、南船橋が逃げを潰そうと動くが、神崎高校とおゆみ野高校がすぐに南船橋の後ろに付いて牽制した。両校が先頭を曳く気がない以上、南船橋が脚を使って集団を曳くしかなくなった。

 先頭の二人を追えば、南船橋は単独で脚を使わざるを得ないし、二人を逃がせば、タイム差を稼がれてしまう。そう躊躇しているうちに、今崎と冬希はどんどんと離れていき、二人逃げが決まった。


 冬希は、今崎が動いてもすぐに対応できるように、少し距離を置いて後ろに付いている。それでも十分ドラフティングの効果は得られる。

 今崎からは、さんざん先頭交代の要求がハンドサインで来たが、冬希は全て無視した。

 冬希にとっては、今崎の近くでゴールすればいいだけなので、逃げが決まろうが、集団に吸収されようが、関係なかった。


 もうすぐ折り返しのららぽーとだ。そろそろかなと冬希は今崎が何かを仕掛けてくるだろうと思った。

 あまりゴールが近くなってから冬希を引き離したところで、あまりタイム差が付けられない。

 今崎は、ペースに緩急をつけたり、蛇行したりして冬希を引き剥がそうと試みる。だが、冬希はそれぞれに冷静に対処していった。

 今崎は、持ち前の技量で鋭くコーナーを攻める。コーナーリングについては、素人に毛が生えたレベルの冬希は一旦引き離されるが、それに惑わされず、丁寧にコーナーを回って、スプリントを開始する要領で一気に加速して今崎の背後に戻った。


 今崎に焦りが出始めた。冬希は、柊の後ろに付く特訓で、あらゆる妨害を食らった。その最大のものは、やはりコーナーリングで、それにより冬希はオーバースピードで、何度も江戸川の土手を転げ落ちそうになった。

 最終的には、イライラした柊が冬希を土手に蹴り落したりもした。

 冬希は、審判のバイクが見ている中で(見ていなくても)、今崎がそれをしてくるとは思わなかったが、万が一冬希が今崎により落車させられた場合、今崎が失格となっても、南船橋が全国行きを決めてしまうだけなので、挑発には乗らないように、近づきすぎないように注意した。


 海浜大通りの終わり付近、先導のバイクは、後続との差が3分半であると、ホワイトボードに書いて教えてきた。

 今崎の後ろを走ってきた冬希だが、もうほぼスタミナは尽き、脚も使い果たしていた。

 ずっと風に当たりながら走る今崎に対して、後ろを走っている冬希は楽なはずではあるのだが、2人には決定的な実力差が存在し、今崎のドラフティングを利用し続けていた冬希の方が、先に力尽きようとしていた。


 フクダ電子アリーナに入り、細かいコーナーで今崎がまたペースアップを図ってくる。だが、冬希は下手なコーナーリングでの遅れを、立ち上がりで取り返す。

 冬希は死に物狂いで食らいついた。今崎の後ろで空気抵抗の少ない状態で走れているからこそ、付いて行けるのであって、今崎から離れたら、一気に差をつけられる。恐らく一分なんて簡単に広げられる。

 今崎の後ろに付いたまま、ゴール前の直線に入った。

 今崎はスプリントを開始する。しかし、冬希はそれに付き合う余力はなかった。だがこれでもう十分。今崎と1分以内どころか、真後ろに着けてゴールできるのだ。

 冬希は、ぶっ倒れそうになりながらスプリントを行うリスクを避け、2位でゴールすることを選んだ。


 今崎は、1位でゴールを通過し、形だけ手を上げて見せたが、喜びは無い。10秒遅れの2位で冬希もゴールした。

 今崎にはボーナスタイム-30があり、冬希にもボーナスタイム-20がある。

 結果的に、ボーナスタイムの差も含めて冬希は、今崎の20秒遅れでゴールしたことになった。


 冬希が一通り体力を回復させた後、約束通りいそいそと先輩方のドリンクを用意していると、後続がやってきた。

 先頭は、ゴール前スプリントでおゆみ野高校の選手。これが3位でボーナスタイム-10秒。その後に郷田に曳かれた潤、柊、船津の神崎高校の全員が、スプリントに付き合わず静かにゴール。さらに後ろに、おゆみ野高校の選手が1人いたが、残りのおゆみ野高校の選手2名は、どこにもいなかった。


 南船橋高校とおゆみ野高校の2名は、その後の大集団で一緒にゴールして来た。船津たちから遅れること、1分。

 冬希は、ゴールした4人にドリンクを渡しながら、事の顛末を聞いた。

 今崎と冬希が逃げた後、集団は一気にスピードが落ちた。神崎高校とおゆみ野高校は、それぞれ逃げに選手を送り込んだので、追う必要が無く、他のチームも、集団から千切れたチームメイトを待つ必要があった。

 折り返しを過ぎたところで、柊がアタックをかけ、これ以上タイム差を広げたくない、おゆみ野高校が2名で交互に柊を潰しにかかる。そこから郷田、船津、潤も加わり、一気に集団のペースを上げた。柊の一人波状攻撃で、回復する間もなく脚を使わされた2名は付いて行けず、千切れていった。

 そのまま郷田がハイペースで曳き続け、第二グループは、おゆみ野高校の2名と神崎高校の4名だけになった。


 個人2位の冬希は、賞状と銀メダルを貰い、今崎は金メダルを貰った。

 そして、全国高校自転車競技会の千葉県予選会は、神崎高校がチーム総合1位で予選会突破を決めた。


 今崎の顔に、笑顔はない。彼はエースであり、司令塔でもあった。

 司令塔が離れてしまったチームと、船津という司令塔が残った神崎高校の差ともいえるだろう。


 船津は、地元紙から取材を受けている。潤は、理事長への報告の電話だ。

 冬希は、ふとスマホを見ると、結構前に何通かメッセージが来ていた。そのうち一つは春奈からのものだ。

『ネットで見てた!おめでとう!2位凄いね!』

 そして数分後そのメッセージの数分後、

『カッコよかったよ!』

 と追加でメッセージがあった。


「なにお前、鼻の孔膨らませてるんだ?」

 柊が小突いてくる。

「なんか、今なら全国でも総合優勝しちゃいそうな気がします」

「今崎の後ろ張り付いて走ってただけだろうが」

 柊はあきれたが、確かに、一度も先頭を曳かなかった。2位になったとはいえ、実力的にはまだ初級レベルのままだ。

 序盤では4人に守られ、逃げ始めてからもずっと今崎を風よけに使っていた。


 船津の取材も潤の電話も終わり、一同は学校に寄らずに、ファミレスで食事をして帰宅することにした。

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