第40話 東京代表エース 植原博昭

 金曜日に行われた予選会から一夜明け、土曜日の朝一に、冬希は春奈と共に、江戸川に朝のサイクリングに来ていた。

 市川橋から江戸川サイクリングロードに入るところで、6:30に待ち合わせをし、東京側を北上する。

 千葉側より東京側の方が舗装がきれいで、道幅も広い。

 春奈は、膝のリハビリも兼ねており、江戸川下流の方は、散歩している人たちも多いので、それほど早くは走らない。


「昨日はお疲れ様だったね。本戦出場おめでとう」

「ありがとう。まあ、上手く策がハマったって感じだよ」

 相手は、今崎選手の実力を生かした戦法を考え、神崎高校側、特に神崎理事長と平良潤先輩が、徹底してそれを潰す作戦を考えた。


 春奈とのサイクリングの後は、また部室に行って練習なのだが、レースの翌日なので軽めで終わらせ、本戦に向けてのミーティングが中心になっている。

 冬希自身も、回復走もかねての春奈とのサイクリングなので、ギアを軽めにしてくるくる回して脚に溜まった乳酸の分解を促している。


 15km程走り、みさとの風広場に着く。

 朝の涼しい風が気持ちいい。散歩の休憩をしている人、サイクリングの休憩をしている人など、憩いの場所になっている。

「朝早く自転車に乗るのって、気持ちいいんだね!」

「この季節はね」

 冬になると、凍えながら乗ることになるし、夏は朝でも暑い。


 ふと見ると、上だけサイクルジャージで、下は運動用のジャージという姿の、同い年ぐらいの女の子がいた。近くのコンビニで買ったのか。スポーツドリンク5本を両手に持っている。

「あの子・・・」

「うん」

「自転車無いな」

 春奈も違和感に気づいたようだ。確かに武蔵野線の駅からは近い。だが、自転車用のジャージを着ているのと、江戸川沿いのサイクリングロードの休憩所に居る理由がわからない。

 ふと、持っていたペットボトルの一本を落とした。拾おうとするが、両手がふさがっており、上手く拾えない。

 春奈が拾って、女の子に差し出す。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 丁寧にお礼を言われる。その表情は可愛らしく、育ちの良さも感じられる。

 冬希も近づいていき、そのジャージに「慶安大学付属」と書いてあることに気が付いた。

「もしかして、自転車部のマネージャーさんか何かですか?」

 見知らぬ男に話しかけられて怖がらせてはいけないと、出来るだけ慇懃に声をかける。

「はい。もうすぐ選手たちがここに立ち寄るんです」

 冬希の心配をよそに、マネージャーの女の子はニコニコと笑顔で応対してくれる。こんなの、惚れない方がおかしい。

 すると、5台のロードバークの車列が広場に入ってきた。冬希と春奈は邪魔にならないように、女の子の前を空ける。

「お疲れ様です!」

 マネージャーの女の子が1人1人にペットボトルを渡すと、選手たちはサイクルボトルの中身を飲み干し、それぞれのボトルにスポーツドリンクを入れていった。

 全員自転車ラックに自転車を掛け、休憩をする者、トイレに行く者、それぞれに散っていく。

 そのうち一人が、マネージャ―の女の子を連れて冬希と春奈の元にやってきた。


「神崎高校の自転車部の方ですね。うちのマネージャーがお世話になったようで、ありがとうございます」

「いえ、それは彼女の方です」

 冬希が春奈の方を見る。

「あ、お世話なんて全然、大したことしてないですし」

 非の打ち所の無い完璧な応対だ。さすが学年首席。

「ありがとうございました」

 春奈の方を向き、改めてお礼を言う。アイウェアを外すと、かなりイケメンだ。しかも爽やか笑顔。

「僕は、慶安大学付属高校の1年、植原博昭と申します」

「もしかして、東京代表のエース・・・」

「はい、未熟者ですが、エースで出場させていただくことになりました」

 全国高校自転車競技会、通称「ツール・ド・ジャパン」は、毎年5月に行われるため、出場選手のほとんどが2年生、3年生で構成されている。

 入学したての1年が、本戦にレギュラーで出場するチームは稀で、毎年4~5人程度だ。しかも、エースというのは、恐らく中学時代にとんでもない実績を残したのだろう。

「1年生でエースって凄いですね」

 神崎高校のエースである船津も、エースクラスの実力を持ちながら、2年でもエースという立場で出場は出来ていないのだ。

「重責に押しつぶされそうです」

 全然そういう風には見えない笑顔で植原は答えた。

「神崎高校1年の青山冬希です」

「冬希くんも、出場するんですよ!レギュラーで!」

 春奈が言った。何か対抗意識を燃やしているようだ。

「1年でですか。凄いですね!」

「ありがとうございます」

 自分も1年だろうに、と思わないでもないが、植原の態度には全く嫌味な部分は無く、純粋に褒めてくれているようだ。

「お互い、頑張りましょう」

「はい、自分はエースとかではないので、自分の仕事を全うするだけですけど」


「なんか、同学年の人に他人行儀な博昭くんって変」

「雛姫・・・そうかな?」

 植原は、マネージャーさんに言われて恥ずかしそうに頬をかく。

「冬希くんも、先輩にもぞんざいな態度なのに」

 春奈もくすくすと笑っている。

「それは柊先輩に対してだけだろ」

「そうだっけ?でもせっかくだから敬語止めたら?」


「あの、お互い1年だし、初めてのツールだし、気軽に話せる友達がいると、僕も心強いので、もしよかったら・・・」

 植原は恥ずかしそうに言った。もちろん、冬希にも異論はない。

「じゃあ、改めて、よろしくということで・・・」

 右手を差し出し、二人は握手をした。

「じゃあ、青山君、次は福岡で会おう」

「ああ、植原」

「なんでちょっと冬希くんの方が偉そうなの?」

「えっ!?」

 4人は同時に笑い出した。


 慶安大付属のキャプテンらしき選手から集合の声がかかり、植原と、雛姫と呼ばれたマネージャーは戻っていった。

「あの女の子、可愛かったね」

「そうだね」

 などと小声で言ってるのが聞こえてくる。

 

 こっちはこっちで、春奈がコッソリ耳元で

「あのマネージャーの子、めちゃくちゃ可愛かった!」

 と囁いてきた。

 こういう時は、君の方が可愛いよとでも言えばいいのか。それはそれで失礼だし、自分が言うのは気持ち悪い気がしたので

「そうだなぁ。あの二人、付き合ってるのかなぁ」

 などと、関係ない話をした。

「うーん、まだじゃないかな。でもいずれはそうなると思うよ」

 お互いを見る目がハートマークだったらしい。

 

 植原とは、メッセージIDを交換した。家族、春奈、自転車競技部のグループについで、新たな連絡先を登録出来た冬希は、ほくほくしていた。

 その後、冬希は市川橋まで春奈を送って行って、学校に向かった。 

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