第30話 冬希の自信

 冬希がレースを終え、来年度入学予定の神崎高校自転車競技部の部室へ向かう。

 自転車をラックにかけ、部室に入ると、来年度の先輩になる予定である、平良柊が嬉しそうな顔で出迎えてくれた。一見美少女だが、間違いなく男である。


「冬希、お疲れ様だったな」

「どうしたんです?面倒臭くてレースに一緒に来てくれないのに、出迎えには来てくれてるんですね」

「まぁまぁ、敗北に心を痛める可愛い後輩を慰めるのは、先輩の役目だと思ってな!」

 柊は冬希の肩を抱き、うんうんと頷いている。

「それはどうも」

「落ち込むことは無いぞ、冬希。人生のピークは35歳~45歳だろうだからな」

「そんな歳までこの部活やれないよっ!!」


 何の慰めにもならない教訓を語って、どや顔をしている。顔が可愛いせいか、憎めない。

「人生のピークは35歳~45歳だとか、いったい誰の言葉なんですか?」

「神様、カールゴッチだ」

 プロレスラーかよ。全然違う世界の神様だった。


 監督である神崎理事長、キャプテンでエースの船津、チームの参謀役で柊の双子の兄である平良潤がそろって、反省会を始める。

 柊は、退屈だからと外に自転車で走りに行った。

 冬希はまたレースの流れと、自分の動き、その時どういう考えで動いていたかを説明した。

 冬希の口から勝ったと聞いた時、3人は3人とも驚いた様子だった。

「もう少し時間がかかると思っていたけど、ここで勝てたのは大きいね」

 神崎は目を輝かせながら言った。

「はい、これでステップが大幅に短縮されます」

 潤も嬉しそうに言った。まじめな表情をしていることが多いので、潤が嬉しそうにしていると冬希も嬉しかった。


「青山、今回のレースに勝てたのは、その青ジャージの選手と、君の仕掛け方の違いにある」

 船津が言った。

「冬希、青ジャージの選手が、コーナーの大外を回ってアタックを仕掛けた理由はわかるか?」

 潤が表情を引き締めていった。

「はい、それはわかります」


 冬希が小学生の頃、登山家のTV番組にあこがれて近所の山に登ったことがあった。

 登山など初めてだったので、早く終わりそうな一番短いルートを選択して登った。

 しかし、それは大きな誤りだった。


 同じ高さの地点に、短い距離で登ろうとすると、それだけ坂の斜度が高くなる。つまり、急な坂道を登らなければならなかったのだ。

 近道だと思っていたのに、一番苦しいルートを選択していたことに気が付いた。


 今回の場合、最後のコーナーは登りになっており、青ジャージの選手が通った外側は大回りで距離損だったが、斜度が緩やかで上りやすく、スピードに乗って登ることが出来る。

 一方、冬希が通った内側は、距離は短いが、斜度が急で、スピードに乗り辛いため、レース経験の豊富な選手はなかなか通らないルートだった。

 下総の最終コーナーは、外側を通らなければ絶対に勝てないと言われていたぐらいだった。


「青いジャージの選手は、定石通りに外側から仕掛けた」

「はい」

「冬希は、最内に飛び込み、前の2名の選手に蓋をされた状態で仕掛けがさらに遅れた」

「その通りです」

「恐らくだが、青ジャージの選手は、いきなり100%のスプリントを行って、登りの途中で失速してしまったんだ」

 潤は、コース図を指し示しながら説明を続ける。

「最後のコーナーからゴール地点までは、200メートル弱と言ったところだ。通常のスプリンターと呼ばれる選手なら、仕掛けが早すぎるという事は無い。だが、この200mは登りだ。普通の200mのスプリントとは違う」

「なるほど」

 確かに、最後は結構な登りになっている。斜度は3%とか4%とかだが、それが200m程度続いている。

「上り坂で脚が止まると、急激にスピードが落ちる。青いジャージの選手が、青山が思っていたほど先に行っていなかったのはそういう理由だ」

 船津が補足してくれた。

「合点がいきました」

「その逆に、青山くんは、前を塞がれた状態になって、仕掛けが遅れただろう?実質100m程度しかスプリントしてなかったはずだ。その分、爆発的なスプリントが出来て、前に居た選手を全員一気に抜くことが出来たわけだ」

 神崎は目を輝かせながら言った。


「もうレースに出なくていいから、今後は入学まで練習に専念してもらいたいな」

 神崎は言った。

 どうやら、スプリントを遅らせるレースをするところから、勝って、仕掛けを遅らせる優位性を理解させるところまでもう数レース必要だと思っていたところが、今回のレースで一気に解決したため、あとは端折ってしまおうという事らしい。


「神崎高校(ここ)へ来て、みんなと長い距離を走ってスタミナをつけること、自宅でアプリを使ってインターバルトレーニングとヒルクライムの練習をやって、スプリント力と山を登る練習を行う。これで4月が楽しみになった」

 神崎の期待は重いが、一度レースに勝てたことで冬希の自信にもなってきた。

 特に最後のゴールの瞬間の快感は忘れられない。

 それをもう一度感じられるなら、辛い練習にも耐えられそうな気がしてきていた。

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