第29話 JCSCロードレース特別戦

 12月頭、JCSCロードレースの特別戦のため、フレンドリーパーク下総に来ていた。


 朝、来年入学する神崎高校の先輩になるであろう、現1年生の平良柊から電話があった。


「お前ひとりだと心配だから、一緒に行ってやりたかったんだけど、面倒臭くなったから気持ちだけにしとくわ」

「いや、それもう受け取るだけの気持ちも、微塵も残ってないですから!」


 神崎高校の先輩方は、みんな良識的で尊敬しているが、この柊だけは「おかん」みたいな存在だなと思っていた。面倒を見てくれたり、冬希の方が面倒を見てやったりしている。

 子供っぽい部分はあるが、先輩方の中では一番話しやすいし、よく電話もくれる。


 だが、柊の気持ちも理解できて、今朝は雨が降っていたようで、自宅からここまでずっと路面がぬれていたし、コースもまだ濡れていた。初のウェットでのレースだ。

 試走では無理しないように、時間をかけて心拍数を上げていった。


 出走者は20名。

 JCSCには、レベルごとに多くのカテゴリーが存在し、出場者が分散している。

 また、事前に会員登録が必要なのも、エントリーのハードルが高い理由なのかもしれない。

 冬希が出場するレースは、初級ロードレースだった。まだレース経験が3戦な冬希は、それ以上のカテゴリに参加する資格を持っていなかった。


 レースは、1.5kmのコースを10周。初級とはいえ、JCSCにエントリーする選手はある程度レベルが高く、同じ初心者カテゴリでもレベルは高かった。


 号砲とともにスタートする。今日は調子が良いようで、今までと違い、楽に先頭集団について行ける。

 雨のせいで、みんな慎重になっているのかもしれない。

 下り坂に入る前にアタックをかけて、先頭を引き離しにかかる。

 そんな指示は理事長や先輩方からも一切受けてなかったが、ただ単に、ツール・ド・フランスを見て一度やってみたかった。だが、すぐに吸収されてしまった。

 仕方がないので、そのまま集団の中で先頭交代に加わる。

 最初の3周で、集団は12人程度まで絞られていた。

 冬希も経験があるのでなんとなくわかった。ウォーミングアップでしっかり心拍数を上げていなければ、スタートして数周に心拍数がうまく上がらずに呼吸が苦しく、集団についていけないのだ。


 先頭交代が終わった後、前の方で集団に戻り、何度も集団を曳いている選手がいる。

 結構強力な曳きで、さらに集団の人数が絞られ、8名程度になる。

 残り2周ぐらいになると、前の方で先頭交代が回るようになり、冬希まで先頭交代が回ってこなくなった。楽なのは良いが、集団の前の方には行けない。

 最終周、冬希は8人の先頭集団の最後尾のまま進んでいく。

 先頭付近に取り付きたいが、前回のひたちなかのエンデューロでは、それで脚を使ってしまって勝負にならなかった。それにコースがぬれており、攻めすぎると落車の危険が高い。

 野球場の外周を走りつつ、冬希は神崎理事長の言ったことを思い出した。

「野球場を過ぎて公民館の横を通る最終コーナーに入るまで、スプリントの開始を待つんだった」

口に出して呟いていると、前を走っていた選手が後輪を滑らせ、落車した。


「落車ーー!!」

 冬希は後続に叫んで知らせる。しかし後ろに後続の気配はなく、意味があったかどうかはわからない。

 無理しないで行きましょう!と集団の中で誰かが叫んだ。全くその通りだ。

 ふと前に視線を戻すと、冬希の前を走る6人のうち、青いジャージを着た1人がアタックをかけて最終コーナーをダンシングで駆け上がっていった。

 しまった、出遅れた。だが、冬希の今日の目的は、1位、2位を取る事ではなく、スプリントの仕掛けを遅らせることだ。

 はやる気持ちを抑え、最終コーナーを曲がりきるまで待って、スプリントを開始しようとするが、前の選手が2人、壁になってスプリント出来ない。

 が、少し待つと、二人の間に隙間が出来た。

「間、通ります!!」

 二人に声をかけ、二人の間を抜く。ゴール前30m

「あっ!」

 思わず声が出る。

 すぐ左斜め前に、先にアタックをかけて登って行った筈の、青いジャージの選手がいた。苦しそうだ。


 冬希は、スプリントを継続する。呼吸は苦しいが、脚はまだ残っている。

 ゴール目前、スローモーションのように見える。抜けるだろうか・・・大丈夫だ。

 冬希は、相対速度から、ゴールラインを通過するまでに、青いジャージの選手を抜けることが分かった。

 ピッっという計測音が鳴り、冬希は先頭でゴールした。


 ゴールした時、冬希はガッツポーズなど一切しなかった。

 プロの選手なら、ジャージのスポンサーを誇示する必要があるかもしれないが、冬希はアマチュアの中学生だし、そもそも手放しで自転車に乗ることが出来ない。

 静かにゴールし、静かにコース外に出る。

「おめでとうございます」

 一緒の集団で走った選手たちから、お祝いの言葉を貰う。

「ありがとうございます」

 勝ちは確信しているが、実感がないまま返事をしていく。


「おめでとうございます!」

先ほど、積極的に先頭を曳いていた選手だ。冬希は聞いてみることにした。

「ありがとうございます。さっき、ずっと先頭を曳いてましたよね?」

「はい、今日は一人で先頭を曳くつもりだったんですよ」

 すごい・・・と冬希は感心した。


 草レースでは、みんな勝つことを目的で出ているわけではないのだ。目標を立て、達成し、楽しむために出場している。

 冬希の目標は、最終コーナーを曲がりきるまで仕掛けないということで、それを達成することで、おまけとしてレースに勝つことが出来た。

 だが、未だにそれでなぜ勝てたのか、ずっと前に仕掛けた青いジャージの人がすぐ目の前にいたのかわからなかった。

 そのあたりは、また神崎高校へ行って、理事長や先輩方に聞いてみようと思った。


 表彰式、冬希は人生で初めて「優勝」というものを経験することが出来た。

 表彰されるのも初めてだ。

 賞品は、パーツクリーナーが2本。1本は強力なやつらしい。あとホイールバッグ。これで前後2本分そろった。それとJCSCと書かれたサイクルキャップ。


 表彰式も終わり、リュックに詰めると、自走で神崎高校へ向かった。

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