第14話 クリテリウム②

 スタートと共に、全選手の、ペダルにクリートを嵌める音が、一斉に鳴る。

 

 もうここまで来たら、後には退けない。

 逃げ出したい気持ちを抑え、ペダルにクリートを嵌める。

 

 プロチームの選手たちは、最初は抑え気味に引いてくれているようで、概ねみんな、集団についてこれていた。

 

 冬希は、集団の中でも、コースの一番内側に位置を取った。

 深く考えたわけではなく、単純に内側の方が、距離を得するのではないかと思った結果だ。

 

 だが、結果的にこれが幸運をもたらした。

 

 みんなレース初心者だ。ガチガチに緊張しているのは冬希だけではなく、みんなそうだった。

 

 個人タイムトライアルのときに冬希がコースから飛び出しそうになった、坂を下った後の急カーブ。

 冬希の前を走る選手が、オーバースピードでブレーキをロックさせ、曲がり切れずに外側のコースの選手たちを巻き込んでいく。

 

 冬希は、追突されないようにハンドサインを出しつつ、急カーブの最内をゆっくり丁寧に曲がっていく。

 曲がった後に急にペースが上がり、冬希は立ち漕ぎ(ダンシングというらしい)で集団に食らいついていく。

 

 曲がり切れなかった選手のせいで、丁度そこから、集団に中切れが起きていた。

 落車、転倒していたかどうかわからない。冬希も自分が集団についていくので手いっぱいだ。

 だが、コースの外側に位置していたら、かなりの高確率で冬希も巻き込まれていただろう。

 

 地面に誰かのドリンクボトルが落ちている。

 後続が踏まないように、ハンドサインでボトルを指さす。

 

 後方から「ハンドサイン、ありがとう!」と声がする。

 その一言で、冬希は多少緊張がほぐれた気がした。

 

 1周目を終え、かろうじて冬希は集団に留まることが出来た。

 集団の中で、一人目標を決めその人の後ろに張り付く。

 

 3周しかないレース、プロチームはペースを落とさずハイペースでレースを引っ張る。

 30人くらいになった集団から、ポロポロとペースについていけない選手たちが千切れていく。

 

 冬希にとって運がよかったのは、目標にした選手が集団に留まってくれていたことだった。

 この選手が千切れていたら、間違いなく冬希も一緒に、集団から千切れていただろう。

 

 走り続けるごとに小さくなっていく集団。

 2周目を終え、先頭はまだ遠くて見えないが、恐らくプロチームが引っ張っているのだろう。

 

 ペースは相変わらず速い。

 だが、集団に残れてることで冬希の呼吸には余裕があった。

 

 メインストレートで鐘がなる。最終周だ。

 集団はかなりシュリンクされている。だが、冬希は残れている。

 

 先頭はどこかわからない。ただ、目の前の選手から遅れないよう必死に食らいついていく。

 メインストレートを通過し上り坂に差し掛かる。かなりキツイ。

 そして下りに入る。

 出来るだけペダルを踏む足を止め、少しでも呼吸を整えたいが、集団のスピードがそれを許さない。

 

 下りきったところで、急カーブ。

 十分減速して、一気に集団が加速していく。

 冬希も必死に食らいつく。

 心拍数が、見たことのない数値を叩き出している。

 

 アップダウンを抜けた後、平坦を楽に感じた。

 一瞬だけペースが緩んだ。先頭のプロチームが牽引を外れたらしい。

 

 だが、それは本当に一瞬のことだった。もうゴールは目前なので集団では全力全開、メインストレートだけのスプリント勝負が始まっていた。

 集団にギリギリ残っていた冬希もメインストレートに入り、スプリントを開始する。

 

 冬希が目標としていた選手を見る。かなり苦しそうだ。

 

 抜ける。と感覚的に察した。心臓が破裂しそうだ。足ももう動かない。

 しかし、メインストレートで目標としていた選手を含め、2名を抜いたところでゴールした。

 

 2名を抜いた後に前を見ると、その先の選手とはもうかなり差が開いていた。

 

 呼吸が苦しい、死にそうだ。むしろもう死んだほうが楽だと思えるぐらいだ。

 コース脇の芝生に倒れこみたい。

 

 だが、ここで倒れると、救護班などが駆けつける事態となり、なんとなく大事になりそうなので、苦しいのを我慢して自転車の上にとどまった。

 

 死んだほうがましだとも思えるほど息苦しい時間を3分ほど耐えると、呼吸が安定してきた。

 

 土日は長距離乗った。平日は朝練を頑張った。その力は出し切れた。

 先頭集団でゴールするという目標を果たせたのだ。自分に満点をあげてもいいだろう。

 

 コースから出て、一休みすると、一応結果を確認するため、受付付近でレース結果が掲出されるのを待つ。

 結果が貼りだされた。

 

 76人中、6位だった。

 入賞していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る