第6話 目標に向かって

「先生、持ちますよ」

英語教師、橋口聖子が教材用のプリントを持って次の時間の授業を受け持つ教室に向かっていると、見知った男子生徒に声をかけられた。


青山冬希くん。

身長は高いけど、少し猫背であまりカッコいいという印象は無い。

ただ、少しタレ目がちな目元が達観というか、なにか諦めきった感じで、見る人によっては優しげに見えた。

ただ、最近は目の奥に活力がみなぎっているようにも見える。


柔道部ということもあり、いじめられたりはしていないが、威張り散らすことも他人に攻撃的な面もなく、こうやって教師や同級生、後輩と女性に積極的に手助けを申し出てくれる。

彼ぐらいの年齢からすると珍しいタイプだと思う。


以前、彼に聞いたところによると、「姉の影響」とのこと。

「いいお姉さんね」と言ったところ、苦笑いをしていたので、ちょっと単純なタイプのお姉さんではないのかもしれない。


「ありがとう。じゃあお願いね」

教材は重くはなかったが、両手がふさがった状態で諸々の授業道具を抱えていて難儀していたので、正直助かった。

基本的には教師受けのいい子で、彼を嫌っていたのは、彼の担任の安田先生ぐらいだ。

なぜ安田先生が彼を嫌っていたのか、最近になってわかった。


安田先生が、とある女子生徒にラブレターを送っていたという事実が発覚したからだ。

その女子生徒は、青山くんとは仲が良く話していることが多く、嫉妬していたのだろう。

本当に、心の底から気持ち悪い。

なぜあんな人間が教師をしているのか、同じ教師として恥ずかしい。


だからだろうか、彼はとある学校の推薦入試の質問を副担任の私にしてきた。

最初から彼は担任の安田先生を当てにしてなかったのだ。

推薦入試については、条件である評定平均4.5以上はクリアしていたので、彼より評定平均が高い生徒が推薦を希望しない限りは、推薦できると伝えておいた。


彼より成績の良い生徒はそれなりにいるが、自転車競技で推薦を受けようという生徒はいないだろう。

神崎高校は普通に入ろうとすれば、学年の上位5番以内でも厳しいぐらいだけど、こういうちょっと違った角度からアプローチしようというのが面白い。

受験すると決めてから、自転車に乗り始めたというのが最高に笑えてくる。


普通は、条件が自分の得意な分野に一致する場合に受験を考えると思うけど、彼は受験するために自転車の練習をしているのだ。

是非その面白いチャレンジを成功させてほしいと、心から思う。


「青山くん、自転車はがんばってるの?」

「週末に、くたくたになるまで練習して、平日に何とか回復して、また週末に練習して、の繰り返しです」

「推薦入試には学力試験もあるから、勉強もしっかりやらやきゃ駄目よ?」

「はい、そっちも気を抜かずにやってます」

「自転車の練習ってどれぐらい走ってるの?」

「土曜、日曜にそれぞれ120kmぐらいですね」

「うわー、大変そう・・・」

「最初は、お尻と首が痛くて、くじけそうになってましたけど、徐々に体が慣れてきましたね」

「柔道やってたのに、やっぱり体力キツイの?」

「使っている筋肉が全然違ってましたね。あと柔道は瞬発力でしたけど、自転車は持久力って感じで」


そうこうしているうちに、教室に着いた。

彼は教材を教卓に置くと、自席に戻っていった。

「起立!礼!」

級長の号令で授業が始まった。

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