レトロポップサイコキネシス
紺野竜
レトロポップサイコキネシス
「なぁ俺、お前のこと好きなんだけど」
「ごめん、むり」
通算384回目の告白も、結果は同じだった。俺は肩を落として目の前のクリームソーダを一口飲んだ。学校帰りに寄り道した古い喫茶店。もう何週間ここにいるんだろう。俺の一世一代の告白を一蹴した張本人は、呑気に大盛り鉄板ナポリタンをガツガツ頬張っている。いったいどうすればいいんだろう。もう考えるのもつかれてしまった。
ぐらり。視界が歪む。あぁまただ。
意識が遠ざかっていく。真っ暗に支配されていく。あぁ。
「お待たせいたしました」
その声に目を開けると、できたてのクリームソーダが俺の目の前に置かれていた。うー。また、戻ってきてしまった。頭が痛い。もうどうすればいいのかわからない。
「こちら、鉄板ナポリタンの大盛りです」
「きたきた」
向かいに座る佐々木の目の前に、熱々のナポリタンが置かれた。腹をすかせた佐々木が目を輝かせてナポリタンに粉チーズをこれでもかとぶっかけ始める。この景色を見るのは今回で385回目だ。
佐々木と俺は小学校からの幼馴染で、家も近所だったので一緒にいることが多かった。明るくて活発で友達も多い佐々木とは違い、俺は暗くて人見知りで高校では運動部にも文化部にも所属していない。それなのに佐々木はずっと俺のことを見放さず、一番の友達でいてくれた。そんな佐々木に対する気持ちが友情以上だと自覚したのは、いつからだっただろうか。きっと最初からわかっていた。観念したのは、つい最近だ。はっきりと好きだと気付くと、もう今までみたいに普通に接するのが難しくなってしまった。変に避けたり、変に遠慮したり、変に嘘ついたり。それでも佐々木は、俺から離れることはなかった。嬉しかった。でも、苦しかった。俺はずっと佐々木を騙しているんじゃないかとさえ思った。
耐えきれなくなって、俺は帰り道に寄った古い喫茶店で佐々木に告白をした。結果は「え、むり。きも」だった。みぞおちのあたりがきゅっとなって、顔がぼっと熱くなった。ナポリタンを食べていた佐々木は今まで見たことないような表情でこちらを見つめている。俺は慌てて「今流行ってるじゃん、こういうドラマ」と笑って言った。その笑顔は誰よりもブサイクだったと思う。佐々木はちょっとだけホッとしたように表情を緩めて「やめろよ気持ち悪い」と言って笑った。あ。ごめん。気持ち悪かったんだ。吐きそうになる。目まいがした。でも必死に笑った。「だよな」って一緒に笑った。するとぐにゃっと視界が歪んで、真っ暗になった。気が付くと、途中まで飲んでいたはずのクリームソーダが新しくなっていた。不思議に思ったが、俺はもう一秒でも早くこの店を出たかった。
「そろそろ帰ろうぜ」
すると向かい側に座る佐々木は不思議なものを見るような目で俺を見上げてきた。
「は? 今来たばっかじゃん。変なボケやめろよ」
夢か幻か。どうやら時間が店に入ったばかりの頃に巻き戻ってしまったらしい。告白しようしようと意気込み過ぎて悪い夢をみてしまったのかもしれない。
なんだ。よかった。夢だったんだ。俺はフラれてなかった。ちょっとマイナス思考になりすぎていたのかもしれない。正夢にならないように、今度は言葉選びに気を付けて丁寧に自分の気持ちを伝えよう。俺は勇気を振り絞って佐々木に告白した。夢の中では勢い任せに告白して失敗したから、ゆっくり落ち着いて丁寧に。佐々木はナポリタンを食べる手を止めて見たことない表情で俺を見つめてきた。いや、俺はこの表情を知っている。これは。
「ごめん、むり」
ぐにゃり、と視界が歪んだ。
目を開けると、できたてのクリームソーダが目の前に置かれていた。続けざまにナポリタンが佐々木の前に置かれる。
え。なんだ。おかしい。明らかにおかしい。また店に入った直後に戻っている。なんだこれは。さっきから同じ場面を繰り返している。どういうことだ。俺は怖くなって佐々木に事情を説明したが「何寝ぼけたこと言ってんだよ」と一蹴されてしまった。慌てて店を出ようとすると、また視界が歪んだ。気が付くとまた時間が戻って席に座らせられている。どういうわけか、俺は同じ時間を何度も繰り返し、店から出られないようになってしまったようだった。
原因は何だろう。見たところ、俺だけがこの繰り返しに気が付いているようだから、原因は俺にあるのかもしれない。今日した特別なことといえば、佐々木に告白したことだ。まさか、俺は佐々木にフラれるのが嫌すぎて時間を巻き戻してしまっているのだろうか。さっきは告白しないで帰ろうとしても巻き戻ってしまった。つまり、このループを抜けるには、佐々木に告白をしてOKしてもらう必要がある……のかもしれない。
それから俺は何度も何度も告白しては玉砕した。少女漫画みたいな甘いセリフを吐いてみたり、同性愛の理解を深めてもらうためにLGBTの歴史と現状を懇切丁寧に説明したり、時には強引にキスしてみたりもした。しかしすべてダメだった。どうやっても佐々木の口から出るのは「むり」の二文字だけ。いやそりゃそうだ。だってむりなんだもん。佐々木はゲイじゃない。俺だって今女の子に告白されたところで、むりだ。それは相手が言葉やしぐさを変えたところで変わるもんじゃない。告白するたびに、俺と佐々木の間には埋められない溝があることを思い知らされる。いっそこのままフラれ続ければ、俺は永遠に佐々木と一緒にいられるのかもしれない。それで、いいかもしれない。
「なぁ佐々木、それそんなにうまい?」
500回目のループ。俺はうまそうにナポリタンを頬張る佐々木に尋ねた。
「うまいよ、食う?」
そう言って佐々木は自分のフォークに巻き付けたナポリタンを俺に差し出す。俺は泣きそうになった。本当に、本当にお前は何にも考えてないやつだな。必死に堪えてナポリタンに食らいつく。少しだけ焦げたケチャップの味が、口の中にじんわりと広がって、うまかった。
「好きだったよ、お前のこと」
俺はそう言って溶けかけのクリームソーダをずぞぞっと飲み干した。
「は、なんだよいきなし」
「もうすぐ卒業だからさ」
「やめろよきもいな~」
口の端にケチャップをつけた佐々木が笑う。俺も笑った。空になったクリームソーダのグラスを店員が下げに来る。「そろそろ帰るか」と佐々木が立ち上がった。「そうだな」と俺も立ち上がる。窓から差し込む光が少しまぶしくて、俺は目を細めた。
レトロポップサイコキネシス 紺野竜 @tofushiratama
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