第35話 泉

「はぁ、どうにか防ぎきった……」

「ご苦労じゃったな、シオン。ワシももうくたくたじゃ」


 さすがにいくら最強を自負する私と言えど、隕石を処理するのは骨が折れた。

 シュド=メルのときのように異空間に隕石を送る手もあったが、また魔力をすっからかんにさせるわけにはいかなかったので、今回は粉々に砕いてまとめて一気に消し去る方法をとった。

 以前よりも魔力消費は少ないとはいえ、幾重にも魔法を使ったので魔力消耗は激しい。

 途中で魔法が面倒になって物理で粉々にさせたのもあって、魔力だけでなく体力も大幅に削っていた。


「はぁ。とりあえず村は守れたし、村人達も正気に戻ったのはいいけど、ヴィルは連れていかれちゃうし、最悪。この体力で魔王倒せるかなー」

「いや、何を言っておるんじゃシオン。さすがにこのまま行くのは死にに行くようなもんじゃぞ!? あの魔王の魔力を見たじゃろ! 魔王は桁違いに強く、こちらの攻撃の倍の威力で返してくるようなヤツだったのを忘れたのか?」

「忘れたわけじゃないけど、ヴィルをこのまま放っておけないし」

「とはいえ、休養は必要じゃ。一度態勢を立て直すぞ。ほれ、乗れ」


 グルーに言われて渋々彼の背に乗る。すると、どこか人里離れたとこに連れて行かれた。


「どこ? ここ」

「魔力の泉じゃ。温泉のように魔力が湧き出ている。浸かればたちまち体力も回復するじゃろ」

「へぇ、こんなところがあったんだ……って、ちょっ! グルー!? うわっ……ぷはっ……っ、もう信じられない!」


 上空で急ブレーキしたと思えばそのまま泉に落とされる。


「魔物避けはしといてやるから、しっかり浸かっておけ。ワシは見張りをしとくでな」

「せめてもうちょっと優しく降ろしてよ!」

「頭に血が上ってるようじゃったからな。少しは頭を冷やしておけ。ヴィルを助けるためにもな」

「もー、素直じゃないんだから……でも、ありがと」


 グルーはふいっとそっぽを向いて旋回したかと思えば、そのままどこかへ行ってしまった。

 相変わらずのツンデレ具合である。


「はぁ、気持ちいい」


 結局服のまま入ることになってしまったが、温泉のように温かくて気持ちいい。しかも、魔力の泉というだけあって先程まで消耗していたはずの魔力が身体中に満ちて行くのがわかる。


「ヴィル大丈夫かしら」


 ぶくぶくと顔まで泉に浸かりながら独りごちる。魔王に何もされてなければいいが、あの魔王はサイコパスっぽかったし、心配だ。


 って、よくよく考えてみたら村人達を洗脳してたわけだし、ヴィルを洗脳してあんなことやこんなことをさせてるかもしれない……!?


 頭の中に破廉恥なことが次々浮かんできて、さらに泉の中に沈む。


「何もなければいいけど……」


 現実逃避で破廉恥なことを妄想してしまったが、実際ヴィルの身に危険が迫ってるかと思うと気が気でなかった。

 今すぐに魔王のところに乗り込んでヴィルを取り返したいと思うも、魔王が住んでいる城を知っているのはグルーしかいない。

 だから私がいくら急かしたところで私が全快しないと連れて行ってくれないだろう。こういうときのグルーは頑固なのだ。


「こうしている間にもヴィルが……」


 気持ちはどんどん焦る一方。

 ヴィルがもし傷つけられていたら、ヴィルが死にかけてたら。時間が経てば経つほど悪いことばかりが頭に浮かんでくる。


「ヴィルが死んじゃったらどうしよう……」


 じわり、と視界が滲む。こんなこと初めてだ。

 今まで元カレから手酷くフラれても浮気されても裏切られても泣いたことなどなかったのに、ヴィルがいなくなったらと思うと胸が苦しくなる。


「嫌だ。ヴィルがいなくなるのなんて……っ、絶対に嫌だ。だから私は魔王に勝ってヴィルを助けないと……っ!!」


 例え力で負けていても、魔力で負けていても、何もしないままは嫌だった。


 私は決意を新たにすると、目元に溜まった涙を拭って立ち上がる。


「あー、もー、泣くなんて、私らしくもない! そもそも、普通は人質って女性がなるもんじゃないの!? 何で私が助ける設定なのよ! 勇者ならまだしも聖女が王子救うだなんて聞いたことないんですけど!!」


 叫びながら不満を吐き出して悪い妄想を払拭する。そして同時に自分を鼓舞した。


「いいわよ、やってやろーじゃん! 人質って言うくらいだもの、きっとヴィルは生きてるはず! 私は最強の聖女なのだもの、魔王くらい倒してみせる!!」


 パチンと指を鳴らして傷だらけだった身体を治癒させ、ぶわっと風の魔法で一気に身体や服を乾かす。

 泉のおかげで魔力が満ち満ちていて、ちょっとやそっとでは減った感じがしなかった。


「というか、この泉……なんか懐かしい感じがするのよね。何でだろ」


 身に覚えはないのだが、やけにこの魔力は身体に馴染む気がする。

 さすがに一瞬で全快とまではいかなかったが、回復スピードが速く、もう魔力は満タンだ。


「おぉ、思ったよりも早く復活したようじゃな」

「グルー! おかげさまでね。てか、ここ随分とすごい泉ね! もう全快したんだけど」

「ここは聖女によって作られた泉だそうじゃよ。元々呪いによって毒沼だったところを彼女の力でこの魔力の泉に変換したらしい」

「へぇ、凄い。聖女ってそんな力もあるんだー」

「お主も聖女を名乗るくらいならそれくらいできると思うがの。まぁ、よい。覚悟を決めたなら行くぞ」

「えぇ、もちろん! グルー、よろしく!!」

「しっかり掴まっておれよ」


 私がグルーに跨がると一気に急上昇される。あまりの高さに一瞬目が眩むも、その先にある時空の歪みを見つけて、身が引き締まった。


「こんなところに……」

「これなら人間に見つからない、というわけじゃ。ほれ、行くぞ!」

「うん、グルーよろしく!」


 私はグルーにしがみつくと、そのまま時空の歪みの中に飛び込んだ。

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