第12話 討伐
早朝からプハマの村を出発する。
だいぶ日も昇ってきたが、未だに村長から聞いた根城が見当たらない。私はまだ体力が残っているけどヴィルに至っては既に虫の息で、これから戦闘が予想されるのに大丈夫かと心配になってくる。
「どこにいるんだ。魔物……」
「結構歩いたからそろそろ根城に着くと思うんだけど。あ、回復する?」
「いい。てか、回復ってそんな気軽にするもんじゃないだろ。そもそもシオンの魔力量は大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫。今のところ魔力すっからかんになったことないから」
「そりゃ凄いな……」
超上級ギルドにいたので今まで大型の魔物を何体も討伐してきたが、いずれも魔力を枯渇するほどの状況になったことは一度もなかった。
そのため過信ではなく、今回もきっと大丈夫だろうという謎の自信を持ち合わせている。
「でも、さすがに今回ばかりはそうも言ってられないんじゃないか? 相手は人を喰う魔物だぞ?」
「まぁ、そうねぇ……」
指摘された通り、人を喰うというのは相当な上級魔物だ。というのも、普通の魔物は人間を喰っても旨味を感じない。その辺の動物を食べたほうが満足感がある。
しかし、上級の魔物になるとわけが違う。彼らは栄養として食物を欲するのではなく、魔力の補給として人間を喰うのだ。そのため人間を喰う魔物はそれだけ魔力を備え、消費する存在であり、通常の魔物よりも遥かに強い存在なのである。
「ま、そのときはそのときでしょ。とりあえずプハマの村の魔物避けの魔法壁は強化したから討伐し損なってもすぐには問題にならないはず。それに、聖女になったからには生け贄にされるのを黙って見過ごすわけにもいかないしね」
「ただ生け贄が好みの男だったからだろ。本当、シオンは現金だよな」
「煩いわね。そこに一々つっかからないでよ。いいじゃない、目的があるのは何をするにも重要なことよ? それに、結婚相手が早くに見つかるならそれはそれでいいことじゃない」
「はいはい。そういうことにしといてやる」
「うっわ、何その言い方! すっごいムカつくんですけどー! どうせ王子なヴィルはモテるかもしれないですけど、姫でも何でもないただ強いギルドマスターの女は好かれないんですよーだ!」
「だから、強くても受け入れてくれる男を探せばいいだろ」
「簡単に言うけど、どこにそんな男がいるのよ!」
「ほぉう。やけにキャンキャンと煩いと思ったら、やっと餌がやってきたのか。しかも二人。随分と大盤振る舞いじゃのう」
ハッと顔を上げると、そこには自分達を覆い尽くすほどの大きな体躯をしたグリフォンが一体。
グリフォンの名に恥じぬ知性も備えているようで、人語を話しながら優雅に空中を旋回していた。
「で、でか! でかいぞ、あいつ!」
「そりゃ大きいわよ、グリフォンだもの。てか、語彙力」
これは、動揺しすぎて知能指数が落ちてるな。
ヴィルが今までにないくらい狼狽えているのがわかる。脚がガクガクと震えているのも、恐らく疲労によるものではないだろう。
「グリフォン、だと……!? あ、あれがか!?」
「えぇ、叡智の象徴と言われるグリフォンよ。ただ、同時に非常に獰猛でもある生き物だけど」
「叡智の象徴が獰猛だと!?」
ヴィルが目を白黒させている。
確かに、そんな反応も無理はない。ここまで大きいのは私も初めて見たし、素人で初見のヴィルはなおのこと怖いだろう。
というか、ヴィルってもしかして、巨大魔物遭遇するの初めて? この反応的に、どう考えても初めてよね。推奨レベルはザッと見て六十オーバーだし、こうなる前にもうちょっと場数踏ませておけばよかった。
今更なことを考えながら、いつこちらに襲いかかってきてもいいように準備をする。
持続回復と物理防御と魔障壁。あとは攻撃力アップと魔力アップとそれから……
「どういうことだよ! 叡智の象徴が獰猛って矛盾してるだろ! うわ!!」
「喧しい人間共だ。さっさと喰ろうてやろうか!!」
グリフォンが鋭い爪をこちらに向け、引き裂くように襲いかかってくる。だけど私も大人しく傍観するつもりはなかった。
「爆ぜろ!」
グリフォンを飲み込むように爆発させる。けれどグリフォンは間一髪で避けたのか、再び空へと旋回し、こちらから距離を取る。
「当たってないじゃないか!」
「わかってる!」
「強いんじゃないのか!?」
「さっきから煩いわね、ちょっとは黙ってて」
「ほう、仲間割れか? わしとしてもそのほうが好都合だがのう」
ニタニタと口元を歪めるグリフォン。悪意に満ちたその顔はとても醜かった。
「その顔、ブサイクね!」
「なんじゃ、と……?」
「シオン、急に何を言い出すんだ!?」
「あーら、よく聞こえなかった? その顔が醜いって言ってるの! 自分のほうが強いとか思っちゃってるその慢心した顔! すっごいブサイク!!」
「人間風情が、このわしに舐めた口を……!」
グリフォンが怒りに満ちた顔で襲いかかってくる。そりゃそうだ。人間風情と見下している劣等種から自分がバカにされたら誰だって怒るだろう。
「っふ、かかった。……天から舞い降りる四つの柱よ」
「なっ、何だ!?」
「貴様、一体……!!」
頭上から降ってくる四つの柱。
それは私達を囲むように地面に突き刺さり、「ぎゃあ」と情けない声を上げてヴィルは頭を抱えてしゃがみこむ。まさか柱が降ってくるとは思わなかったのか、グリフォンは私に触れる前に身を翻した。
「束ね、固定し、新たな空間へと誘え。ディメンション! ……逃がさないわよ」
「っく! 何をした小娘!!」
柱と柱が光の魔障壁を構築し、簡易的な異空間を作り出す。この異空間を作り出すには範囲が限られているため、自分との距離を縮める必要があるのだが、上手く挑発に乗ってくれたおかげで無事に成功した。
ここなら足元や周りを気にせずに好きに戦える。魔法もいくらでもぶっ飛ばし放題だ。
「どうなってるんだ、シオン!?」
「限定的に異空間を作ったの。さすがに山の中で好き勝手できないでしょ」
「そ、そうかもしれないが、なぜ俺も一緒に閉じ込めた!」
「え? だって、一緒に戦うんでしょ?」
「た、戦うけど、こんなに狭いとこでどうやって戦えと……」
範囲は一キロ。確かに巨体のグリフォンがいると狭く感じるかもしれないが、動けない距離ではない。
「どうにかなるわよ。とにかく、気後れしない。こういう戦闘は気力の問題よ。強気でいかないと!」
「強気!? この状況で強気に戦えと!?」
「そうそう。自分は勝てる、てね! 大きさは関係ないわ」
「無茶苦茶すぎるだろ!」
「さっきからごちゃごちゃと! いくら範囲魔法を使えようと、ワシの敵ではないわー!」
範囲魔法のせいで上空が使えないため、突進してくるグリフォン。見た目よりも素早いらしく、あっという間に目の前にやってきたところで私はパチンと指を弾く。すると、グリフォンが一瞬で地面に押し潰されるように這いつくばった。
「うがぁっ、何を……っ」
「重力操作」
相手の体重が重ければ重いほど威力は増す魔法。そのため、パチン、パチンと指を鳴らすたびに、グリフォンは「おぉおおおぉぉお」と己の体重を支えきれずに立ち上がれない状態になっていた。
それを呆気に取られながら眺めているヴィルに、「ほら、ぼんやりしてない」と声をかけるとハッと我にかえって剣を持ち直す。
「えっと、オレはどうすれば……?」
「だから討伐」
「これを? オレが?」
「そうそう。あぁ、大丈夫、ちゃんと固定してるから」
グリフォンはもがくも、私が重力操作の魔法で固定してるため動けない状態だった。今なら確実に始末できるとヴィルに促すも、ヴィルはどんどん青褪めていく。
「いや、いくら固定されてもこれはオレには手が余るというか……」
「何でよ。刺すなり斬るなりすればいいでしょ」
「これを!? この剣で!??」
「え、そうだけど?」
何を言っているんだ? と眉を顰めた瞬間、「シオン! 背後!!」とヴィルの切羽詰まった声。振り返るとそこには、最期の力を振り絞って私に牙を剥こうとしているグリフォンがいた。
「死ねぇぇぇぇ!!!」
「やだ」
ひらりと躱して、華麗な右ストレートを決める。拳は見事にグリフォンの顔面を直撃し、めり込んだ。
「うぐぉぉおおお!!!」
そのままグリフォンは吹っ飛び、異空間の壁にぶつかるとそのまま倒れた。
「……は? え? シオン?」
「あー、もう。思わず素手で殴っちゃったじゃない。私の手に傷がついたらどうしてくれんのよっ」
あの巨体を拳一つで沈めた私に呆気に取られている様子のヴィル。
私はつかつかと意識が朦朧としているグリフォンのところに行くと、グリフォンの身の丈に合わせた大斧を顕現させて、悠々と構えた。
「全く、嫁入り前の女を傷物にしようとするなんて度胸があるわね。……今すぐ三枚におろされたい?」
私がにっこりと微笑んでグリフォンなど一刀両断できるほど巨大な大斧を見せつけると、グリフォンはぶわっと涙を溢れさせる。
ヴィルは状況が飲み込めない様子でただ呆然と突っ立っていた。
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