第10話 プハマの村
「やっと着いた。ここがプハマの村ね」
「はぁはぁ……はぁ……やっと着いた……死ぬかと思った」
どうにかヴィルのレベルも三十を越えたため、いよいよやってきたプハマの村。
プハマの村は険しい山の中にあり、馬車などで乗り入れることができず、高齢だった先代の聖女はなかなかこの村まで来れなかったとは聞いていたが、まさかこれほどまでに険しい山道だとは思わなかった。
ヴィルも普段はあまり歩かないと言っていただけあって、全身汗びっしょりになりながら「ぜぇぜぇはぁはぁ」と肩で息をしている状態で、今にも死にそうな顔をしていた。
こりゃ確かに、八十のおばあちゃんにはどうやっても厳しい山だわ。
ヴィルも指でつつくだけで倒れそうなくらい疲弊してるし、こんなことなら転移魔法でちゃちゃっと移動したほうがよかったかもしれない。
道中、「体力つくるのも大事だから、歩いて頑張ろう〜!」と嫌がるヴィルを励ましながらここまで来たのだが、思いのほか険しい道のりすぎて、今更ながら判断を見誤ったと反省する。
断崖絶壁とまではいかないものの傾斜が酷く、獣道と言っても差し支えないほど鬱蒼としていて虫も多かったので、素人にはかなり難易度の高い道のりだった。
ヴィルは登りながらキャアキャアとまるで女子のような悲鳴をあげながら逃げたり転んだりしていたせいか余計に疲れたようで、到着するなり「もう動けない……」と泣きそうな顔をしていた。
実際、クエストによく出て様々な土地に行っていた私でも多少疲労感を感じるくらいだから、慣れていないと体力的にも精神的にも相当厳しいと思う。
「はい、回復」
パチンと指を鳴らして回復魔法を使えば、一瞬でヴィルの疲労を回復させる。
回復魔法だけでなくスタミナ回復などもおまけしたおかげか、げっそりとやつれていたヴィルの顔色は戻り、滴るほど流れていた汗もひいて元のイケメンに戻っていた。
「その、指を鳴らすだけで治せるようになるのはいつ頃できるようになるんだ?」
「あー、これ? ……修行積めばそのうち?」
「その言い方、絶対できる気がしないんだが。というか、そんなに簡単に回復できるならもっと早く」
「あ、村の人どこだろう〜?」
「こらっ、話を誤魔化すんじゃない!」
プハマの村に入るとあまり人が出歩いている気配はなく、静まりかえっていた。魔物の被害に遭っていると聞いているから、きっとみんな家の中に閉じこもっているのだろう。
「あの〜、頼まれてた聖女が来たんですけど〜!」
「何だその言い方。もっとこう、言い方があるだろ」
「えー、例えば?」
「例えば……? 例えば……その……要請を受けて参りました。聖女ですが……とか」
「言ってることほぼ一緒じゃん」
「いや、色々違うだろ。ニュアンスが」
私とヴィルが言い方について言い合っていると、「あ、あの……」と控えめに声をかけられる。
声のする方向を見ると、そこには髪が長く、細身の物憂げな様子の男性が立っていた。見るからに不健康そうながらも整った顔立ちで、黒目がちな瞳はとても綺麗で目を奪われる。
「旅のお方でしょうか? 今、ここプハマの村は魔物の脅威に晒されておりまして。申し訳ないのですが、あまり歓迎できるような状況ではなく……」
申し訳なさそうに喋る男性。
あまりに庇護欲をそそられる姿に、私はギュッと彼の手を握る。それを見てギョッとした顔をするヴィルは放っておいて、私はまっすぐ男性を見つめた。
男性は戸惑った様子で顔を赤らめている。その初心な反応は、さらに私の庇護欲を掻き立てた。
「私、要請を受けて王都より聖女としてこちらに参りましたシオンと申します」
「せ、聖女様、ですか……!?」
「はい。先日任命された若輩者ですが、貴方様のためにぜひこの力を奮わせてください……!」
「聖女様が来てくださるなんて……っ! ま、まずは村長のところへ案内しますねっ」
耳まで真っ赤にしながら、もたつきつつ足早に村長のところに案内してくれる男性。動揺しているのが見てとれて微笑ましい。
はぁ……眼福。物憂げなイケメン素敵。
胸がきゅんきゅんと高鳴り、惚けたような顔をしていると横から小声でヴィルが指摘してくる。
「……さっきと言ってること違うぞ」
「ん? 何が?」
「言い方。というか、さっきからその猫撫で声はなんなんだ。気味が悪いんだが」
「何のことかしら? 私はいつもこの声よ?」
「まさかとは思うが……あの陰気そうな男がいいのか?」
「陰気そうとか言わないで。物憂げで儚そうなイケメンじゃない。はぁ……素敵」
「守備範囲広すぎだろ」
ヴィルに呆れたように言われるが、好みなのだから仕方がない。性癖に刺さってしまったものはどうしようもないのだ。
「アレならオレの方がいい男だろ」
「何よ、嫉妬?」
「違っ、嫉妬じゃない! ただの一般論だ! とにかく、好みの男だからって必要以上にデレデレするなよ。過度に甘やかすのは……」
「わかってるわかってる。あくまで聖女としての案件が第一で、次に婚活でしょ? ちゃんと弁えてますよーだ」
「絶対わかってないだろ」
小声でやり合っていると、村長の家に着く。村長の家というだけあってとても立派な建物であった。
「これはこれは、貴女が聖女様ですか! お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
「ありがとうございます。お邪魔させていただきます」
先程の男性が近くにいると思うと下手な行いはできない。私は聖女らしく淑女として振る舞い、すまして見せる。
そんな姿をジト目で見つめてくるヴィルを気づかないフリをしながら、私は勧められた席に着いた。
「聞いていましたお話とは違い、お若くいらっしゃって驚きました」
「最近、世代交代致しまして。先代の聖女ではこちらに参れなかったとのことで早速参りました」
「なんと……! 聖女様のお優しい寛大なお心遣い、感謝致します!」
「いえいえ、国のため……いえ、国民のためなら当然ですわ」
「……よく言う。結婚相手探しが目的のくせに」
小声で嫌味を言うヴィル。
私が密かにパチンと指を鳴らすと「熱っ!」と声を上げて飛び跳ね、村長に「どうかされましたか?」と不審な目で見られているのを見て溜飲を下げる。
「何するんだよっ」
「そっちが悪いんでしょ」
「オレは王子なんだぞ」
「知ってる」
小声での応酬に、「ぐぬぬぬ」となってるヴィルを尻目に、「それで魔物の脅威があるとのことですが、現在どのような状況か教えていただけますか?」と村長に話を尋ねる。
「実は、我が村の結界が解けかかっておりまして。以前、魔物避けの結界をかけてから二十年ほど経っておりまして、そのせいで先日より綻びから魔物が入ってきたのです」
「に、二十年ですか!?」
「はい。私が村長を引き継いだ年と同じですので、間違いなく二十年ほどは経っているかと」
よくそこまでもってたわね……。
長期間放っておいていたのに今まで無事だったのは凄いけど。
魔物避けの結界は本来、定期的に強化魔法をかけねばならないのだが、それもなしに二十年もったというのは素直に感心する。先代の聖女には会ったことがないが、八十まで聖女を続けていただけあって相当な力の持ち主だったようだ。
「それで? この村に何が起きたかご説明いただけますでしょうか。私が見る限り、魔物が入ってきたというわりにはまだそこまで被害が出ていないように思えますが」
「実は、魔物が侵入した際に『贄を出せ。贄を出さぬならこの村を滅ぼす』と言われまして。我々は滅ぼされたくない一心で毎月動物などの生け贄を捧げておりました。ですが、先日とうとう『動物は飽きた。今度は村人を生け贄として捧げよ』と言われまして……」
「生け贄、ですか」
「はい。初の人間の生け贄として名乗り出てくれたのが、そこにいるジュンなのですが……」
ここまで案内してくれた物憂げな男性はジュンというらしい。ぺこりと私に頭を下げるその姿に、やっぱり素敵と目を細める。
なるほど、それで儚げだったのか。そりゃ、あとちょっとで魔物に食べられる運命ならそうなっても仕方ないわよね。
世を儚んでいたというのはあながち間違ってなかったということか、と合点がいく。そして、この素敵な男性ジュンをこのまま魔物の餌にするわけにはいかないと、私の中でやる気がぐんぐん湧いてくる。
「このままではジュンは魔物に喰われてしまいます。しかもその次の月には新たな犠牲者も……! ですから、それを止めるためにも魔物避けの結界をより強固なものにしていただきたいのです!! どうか、どうか、お願い致します!!」
「もちろんですわ! こんな儚げで素敵な男性を生け贄にするなどと、断じてあってはならないことです! ですが、魔物避けの結界の強化だけでは心許ありません。脅威そのものを取り払わないと」
「と、おっしゃいますと……?」
「つまりですね」
私がにっこりと微笑むと、ヴィルと村長とジュンは不思議そうな顔で私のことを見つめるのだった。
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