第9話 浮気ダメ絶対

 すっきりとした気持ちのいい朝だった。

 昨夜は遅くまでヴィルに恋愛相談……という名のほぼ人生相談に近い話をしていたのだが、おかげで自分の今後の方向性が見えてきた気がする。


 そもそも、家族のことや元カレのことなど自分のことをこんなにも話したのは初めてだった。


 しかも、ぐだぐだと自分のダメンズウォーカーっぷりを晒してしまったにも関わらず、ヴィルは私をバカにするでもなくしっかりと話を聞いてアドバイスまでしてくれた。

 ヴィルは思いのほか聞き上手で、おかげで私も聞かれるがまま素直に思っていることを吐き出すことができた。


 考えてみたら普段は私が彼氏の話を聞くばかりで、こうも私に親身になって話を聞いてくれたのはヴィル以外いなかった。

 同時に今までの彼氏はそれほど自分に興味を持ってくれていなかったのかと気づいて胸が痛んだが、それでも今後は前向きに今度こそ私のことを好きになって想ってくれる人を探す、ということで私の相談は帰結した。


 私に合う人。

 そして、私が一緒にいて心地よい相手。


 うーん、それを探すのがなかなか難しいのよねー。誰彼構わず好きになっちゃっても結局別れちゃうなら意味ないし。となると、相手をきちんと見極めるというのは大事よね。うん、相性大事。


 相手を尊重しつつ自分も大切にする。

 いくら好みの男性だからと言っても何でも尽くして甘やかさない。そして、自分だけが好きになるのではなく、相手にも好きになってもらうこと。


 何気に、かなり難易度が高いな。でも、私が結婚するためにはこの試練を乗り越えるしかないのも事実。

 攻撃と魔法レベルはカンストしてしまっているわけだから、今後は恋愛関係のレベルを上げなくては……!


「よし、頑張るぞー!!」


 気合いを入れて洗濯を終わらせ、朝食の用意をする。

 一応我が家へはただ休むだけで立ち寄っているだけなので、今日こそヴィルには適正レベルになってもらってプハマの村に行かなくては。


 聖女としての役目も果たしつつ、婚活もする。なんて一石二鳥の旅!


 期待を胸に鼻歌を歌いながら作り終えた朝食を食卓に並べていると、綺麗な金色の髪や部屋着を乱しながら眠そうな様子のヴィルがリビングへとやってきた。


「おはよう〜、ヴィル。よく眠れた?」

「あぁ、おはよう。……朝から随分と元気だな」

「ヴィルと話したら色々と吹っ切れてね。洗顔するなら、このタオルどうぞ」

「あー、ありがとう」


 ふらふらとした足取りで洗面所に向かうヴィル。どうやら朝は弱いらしい。

 夜遅くまで人生相談に付き合ってもらってしまって申し訳ないな、と思いつつも、こうして文句も言わずに付き合ってくれるヴィルの優しさがちょっと嬉しかった。


「髪の毛とか諸々整えようか?」

「結構だ。昨夜、過保護にしないと言ったばかりだろう」

「そうかもしれないけど、昨日色々私の話を聞いてくれたお礼にさ」

「じゃあ、髪だけ整えてくれ。着替えとかは自分でできる」

「わかった。じゃあ、ちゃちゃっと終わらせるね!」


 パチンと指を鳴らすと、一瞬で寝癖がついていた髪を綺麗に整える。ヴィルは手鏡を覗きながら「便利だな」と溢しながら、食卓の席に着くと自分の姿をまじまじと見つめていた。


「他にもアレンジとかできるわよ? あ、装備とかも欲しいものがあったら……」

「シオン」

「ごめん。つい、お世話焼きたくなっちゃって」


 名を強めに呼ばれて我にかえる。

 どうも世話焼きの気質はすぐにどうこうできないらしい。身に染みついてしまった言動を改めるにはどうやら時間がかかりそうだ。


「それにしても、ヴィルは相談とか慣れてるの? 特に恋愛相談とか」

「別に」

「なんなの、急につれない態度で! えー、なんか隠してる?」

「そういうわけじゃないが。身近にそういうことを話す人がいたというだけだ。それにシオンは気にしてないみたいだが、オレは王子だからな。それなりに恋愛の一つや二つはしている」

「ふぅん、なるほど。そういえば、この国の王家って珍しく恋愛結婚なんだってね」


 周りの国々ではほとんど政略結婚だと聞いているが、我が国マルデリアの王家では恋愛結婚を推奨しているらしい。人の目を養うため、という意味合いがあるそうだが、そのぶん確かにヴィルは王子だから人に比べて恋愛経験は豊富そうだ。


 アドバイスも適切だった気がするし、これは相当な場数を踏んでるってことよね。そりゃこんだけイケメンだったらモテるものね。


 と思って、はたと気づく。


 ちょっと待って。今更だけど、もしかしてヴィルって婚約者とかいる……?

 婚約者がいなくても、彼女くらいはいるわよね。そうしたらこの状況かなりマズいのでは?


 彼女でもない女の家に二人きりで宿泊。


 何もやましいことはなかったとはいえ、今更なことに気づいて青褪める。王子なことにしか意識してなかったが、ヴィルが誰かの彼氏だとしたらその人からしたら私は浮気相手みたいに思うだろう。いや、確実に浮気相手にしか見えない。


 なんてこった。私としたことが……!


 浮気ほど精神的に来るものはない。まさに浮気は心の殺人である。


 だから、浮気ダメ絶対……! それなのに、私ったらぁああああああ!!!


「もしかして、もしかしなくてもヴィルって彼女持ち? いや、彼女というか、婚約者とかいたりして。だったら私と一緒に旅するのマズいんじゃない?」


 冷や汗がダラダラと出てくる。いくら自分がフリーだからってなぜヴィルに彼女がいないと勝手に思っていたのか。あのとき王様が私と結婚しろと言ったからと言って婚約者がいないとは限らないではないか。


 想像してぶるぶると震える。

 彼女持ちの男を家に泊らせたなんて絶対あってはならないことだ。というか、もしヴィルに彼女がいたら自分で自分が許せない。


 だって自分が彼女の立場だったら相手の女絶対はっ倒すし!


 私が「あぁあああああ、どうしよーーーー!」と絶望感に苛まれていると、ヴィルが突然頭を抱え出した私を変なものでも見るような目で見ていた。


「あいにく、今はフリーだ。だから気にすることはない」

「へ? フリー?」

「そうだ。悪かったな、相手がいなくて」


 フリーと聞いて拍子抜けしたあとホッとする。

 まさかヴィルに彼女がいないとは思わなかった。いや、だからこそこのタイミングでの旅なのか、と考えを改める。

 とにかく、浮気疑惑を向けられる危機は去った!


「そうなの。はぁ、よかった。あ、じゃあ一緒に結婚相手探す? いいわね、二人合わせて婚活の旅!」

「言っておくが、婚活がメインじゃないからな。あくまで国の安寧を図るための聖女の旅だからな?」

「わかってます〜! でも、ついでに結婚相手くらい探してもいいでしょ?」

「シオンの場合はどっちがメインかわかったもんじゃないだろ」


 ヴィルの指摘は最もだが、私にはゆくゆく結婚をするという目標があるのだから、こればかりは仕方がない。

 というか、この旅以外で聖女しながら結婚相手を探すのなんてかなり難易度高いし、聖女になってあげるのだからそれくらいしても罰は当たらないはずだ。国のみんなのために旅してるのは間違いないわけだし。


「とにかく、国の平和のために頑張りつつ、私の幸せも手に入れる。それならいいでしょ?」

「両立できるならな」

「もう、急に手厳しいんだから。あ、もちろんヴィルの幸せも手に入れてあげるから安心して!」

「取ってつけたように言うな。それに別にオレの幸せは自分で探すから気にするな」

「何よ〜。一緒に夜を過ごした仲なのに、つれないんだから」

「語弊があるような言い方をするな!」

「ふふ、冗談ですー。とりあえず、それ食べ終わって準備済ませたらプハマの村まで行くからねー」


 ヴィルはキッとこっちを軽く睨んだあと、耳まで真っ赤にしながら不機嫌さを前面に出しつつ用意した食事に手をつけ始める。


 ちょっとからかい過ぎたかな。ま、朝だから機嫌が悪いのかも。私もちょっと言い過ぎちゃうクセがあるから、自省しないと。


 まるで年頃の弟を持ったような気持ちになる。弟がいたことがないから実際はどうかわからないけど。


「美味しい?」

「あぁ、美味い」


 照れながらもちゃんと感想を言ってくれるヴィルを微笑ましく思いつつ、あまり余計なことを言わないようにしようと反省しながら、私も食事を済ませる。

 そして、食事を終えるとヴィルに手伝ってもらいながら片付けや旅の準備を始めるのだった。

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