16.『最後の一手』

 さて、どうする? タクミは戦線に復帰してくれた。あとは『ナッシングリターン』の時間稼ぎだ。俺は詠唱するため、残りはそれぞれ、風、氷、雷だ。この属性をどう活かすかが、勝敗に関わる。

 どれも遠距離で使える魔法。しかし、みんながどんな魔法を使えるのかはわからない。タクミならいけるだろうが、他の二人は連携がとれないだろう。知り合って間もないのが俺たちだ。信頼はしているが、連携はとれない。それでもやるしかないのだ。

 まずは、


「スズネは氷魔法でレジーナの足止め。タクミとアオイはレジーナの攻撃を打ち消してくれ!」


 詠唱を唱える俺に攻撃が届かないよう、采配を振った。俺が助かるためとも捉えられるかもしれないが、そんな悠長なことをしている暇はない。


「リツを返してよね!」


 スズネが氷柱を作り出し、レジーナへと飛ばす。レジーナは尾で払うと、氷柱は粉砕し、地面には散らばった氷粒があるだけだった。


「私に初級の魔法で勝てると思わないことね。ほら、見なさい。あなたたちが早く向こうの軍勢に行かないから私たちの方が有利になっているわ」


 今現在、魔王軍の軍勢の数は依然として変化は見えず、こちら側が押されている。四人の勇者が戦ってくれていることでこちら側が壊滅するのを止めてくれてはいるが、いつまで保つかわからない。すぐにでも向かわなければならないだろう。

 しかし、俺等は幹部レジーナと対峙している。レジーナを倒さなければ加勢には向かえない。そしてレジーナが次にいつ、石化を仕掛けてくるかわからない。レジーナの目を見なければ問題はないのだが、レジーナに攻撃を食らわせる以上、目を合わせるのは不可避だろう。背後からの奇襲は難しい。下からもレジーナは蛇のように這って移動することがあるため、それも難しい。

 弱点を潰されているのだ。軍師というだけはある。かなりの場数を踏んできたのだろう。『ナッシングリターン』もレジーナに効果があるのかわからない。そもそも命中するのかもわからない。もしかしたら、俺たちは既にレジーナの手の上で踊らされているのかもしれない。

 だがやるしかない。でもやるしかない。これで負けたら誰も助けられずに終わってしまうから。これで負けたら守りたいものが遠くへ行ってしまうから。だから負けられない。やるしかない。


「もうすぐで詠唱が終わる! それまで持ち堪えてくれ!」


「「「了解!!」」」


 全員が答えてくれた。まだみんなはやれるようだ。なら、俺も期待に答えなければならない。そして、その期待に答えるには詠唱を続けるしかない。あとはみんなに任せて。


「『ウィンドウォール』!」


 風の壁が俺を覆う。これでレジーナは攻撃できないだろう。


「サンキュな、タクミ!」


「あんまり役に立ててなかったからな。こっから挽回させてもらうぞ!」


 やはり、タクミは頼りになる。いざというときのためを考えている。これで詠唱に集中できる。


「ねぇ、知ってるかしら? 魔法の使用者が死ぬとその魔法の効果は消滅するのよ」


「ーーっ!」


 つまり、タクミが戦闘不能、言い換えれば、石化するか殺されるかしたら次に狙われるのは俺。


「そうはさせないっすよ!」


 アオイが刀でレジーナを斬りつける。切り傷はできるが、そんなのはちょっとしたダメージにしかならない。レジーナの表面は硬い鱗で覆われており、刃が通りにくいのだ。


「はぁ、私に挑むものだから腕の立つ冒険者かと思ったのに、動きが素人そのものじゃないの」


 俺等はまだプロのような動きはできない。まだそこらの人の方がいい勝負をしてくれるだろう。


「じゃあ、さっさと殺したらいいじゃないすか。それができないんでしょ?」


「ずいぶんと余裕ぶってるのね。そんなにあのガキが」


 レジーナが俺を睨む。最初に俺に煽られたのが相当、頭にきてるのだろう。逆にアオイはレジーナを睨みつける。


「ーーうちの頼みの綱なんだよ。少しでも勝てる可能性があるなら、それに賭けるしかねぇだろうが」


 いつもの後輩口調が取り去られ、俺への期待を述べる。


「そうよ。ユウヤくんができるというんだからそれをできる状態にするのに導くのが仲間よ」


 スズネも続いて俺に協力する理由を言ってくれた。


「ユウヤとは長い付き合いだからな。コイツならやってくれるってわかるんだよ」


「ーーっ!」


 俺がみんなに頼ってる。みんなが俺に頼ってる。だから力の差が大きい相手にここまで渡り合っているんだ。

 みんなの期待に答える俺を俺は作らなければならない。そのためにもこの長ったらしい詠唱を終わらせないといけない。


「そうまでしてもあなたたちの信じるあのガキは威勢を張ってるだけかもしれないわよ?」


 そんなことない。俺はこのオリジナル魔法の威力を知ってるからこれに全てを乗せるんだ。威勢なんかじゃない。


「確かにそうかもしれないな。でもな、俺は俺等はユウヤを信じてるんじゃない。頼ってるんだよ」


 レジーナの攻撃から身をかわしつつ、そんなことを言ってくれた。


「信じるか信じないかじゃなく、頼れるときに頼れるものがあるなら頼るしかないんだ。それが仲間だって俺は思うね」


「そんな他人任せな仲間があっていいのかしら?」


「いーや? 頼るからその手助けをするんだよっ!」


 タクミはそう言うと、今まで放ったどの魔法よりも大きな、嵐のような風を作り出した。それをレジーナへぶつける。レジーナは逃げようとするが、そこへスズネが氷で足場を固める。観念したのか、レジーナは腕で防御の姿勢をとる。

 逃げることのできなかったレジーナはモロに嵐を受け、斬撃の風に包まれた。しばらくして嵐が消え去ると、そこには傷だらけのレジーナが息を切らしながら傷を押さえていた。

 それを見て笑うアオイ。よく見ると、レジーナの傷ができた場所はアオイがずっとレジーナに斬りつけていた場所だった。


 ここまで連携が取れているのか。いや違う。たった今、目線のみで伝えていたのだ。これはお互いをよく観察しなければ難しい技だ。コイツらが俺が死ぬような訓練をしている間、どんな訓練を受けていたのかよくわかる。連携がよく取れている。


「はぁ……はぁ……あなたたち、もう許さないわ。……すぐに殺してあげる」


「ーー果たして、それはできるのかな?」


 レジーナが声のする方を見ると、魔法の詠唱を終えた俺がそこにはいた。大きな魔力の光玉を手のひらに乗せて笑っている。


「お前は強い。俺等よりずっと強いだろうよ。でも、

 ーー仲間を助けるためなら、その強さにだって意地で足掻いてやんだよ」


 顔から笑いの表情を消し、殺意を向ける。


「お前がさっき馬鹿にした俺等の仲間って概念、とくと味わえ!」


「待ちなさい! 私を殺しても、その石化した人間は元には戻らないわ! それでもいいのかしら!?」


 まぁ、嘘なんだけどね。殺せないって油断したときに部分的に石化でもかけてやって、じっくりとほかの仲間が破壊されていくのを見せてあげるわ。ああ、楽しみでにやけが溢れそう。さぁ、その殺意にまみれた顔を困惑の顔に変えなさい。そのときがあなたたちの最後だから。


 レジーナは命乞いを申し出た。内心では全くの逆のことを考えているが、ユウヤには生憎、心を読む力はない。ユミたちが元に戻らない。それはユウヤにとっても、ほかのみんなにとっても迎えたくない結末だ。

 だが、ユウヤの意見は変わらない。


「どうせ、俺が考えてる間に殺すつもりなんだろうが俺は考えて失敗する方向に行くんでな。だから俺はお前を倒すことになんか躊躇わない」


「この……っ! 人間がぁぁぁーー!!」


 『ナッシングリターン』がレジーナを襲う。レジーナはその光玉に吸い込まれていき、怨嗟の声を上げる。俺たちはただレジーナが消えるのを見届けた。次第に怨嗟の声は小さくなっていき、光玉が消える頃にはレジーナの姿も消えていた。

 残るは軍勢の残党との戦いのみだ。そのためにも、ユミたちには早く戻ってもらわないといけない。


「ユウヤ、これでユミちゃんたちが戻らなかったら……」


「そんときは戻る方法を探すだけだ。……さぁ、俺の判断は凶と出るか吉とでるか」


 半分賭けの判断だったため、レジーナを消滅させたことに誤りがあった場合が恐ろしい。しかし、時を戻すことはできない。仮に戻せたとしてもほかの方法であの化け物を倒すことは難しいだろう。あとは祈ることしかできない。


「頼む。戻ってくれよ」


 手を合わせて、神に祈る。この世界の場合はレミに祈ればいいのだろう。強く、心の底から祈る。

 パキッっと、何かが割れる音が聞こえた。この音は、とみんなが察する。石化が解除されるのだ。

 表面から石がボロボロと崩れると、人の肌が見えてきた。崩れたところから亀裂が走り、全体が一気に現れた。


「……っ! ユミ!」


「リツ!」


 意識を失ったユミが倒れそうになるのを抱きしめて支える。力は抜けている。長くこのままの状態だったからだ。

 スズネもリツの方へ駆け寄り、安否を確認する。


「良かった……っ! ユミっ! ユミっ!」


 思わず、嬉し涙を流してしまった。だが、俺は涙を流しているのに気付かないまま、ユミを抱きしめる。


「……ユウ兄、何してるの? え? 何これ? どういう状況? キモいし、恥ずかしいから早く離してほしいんだけど」


 ユミが目覚めると、兄が自分を抱きしめて涙を流すという異様な状況だった。


「ああ、悪い悪い。数十分ぶりの妹との再会なんだ。もっと愛でさせ喜ばせてくれよ」


 涙を拭い、妹との再会を喜ぶ。戻らない可能性もあった。だから安心して、涙が出てきてしまったのだ。


「愛でるのはちょっと……」


「兄じゃん!? 妹を愛でるのを嗜好にしてもいいじゃねぇか!?」


 良かった。いつものユミだ。いつもの吐いてくる毒のキレも変わらない。


「ユミちゃん……」


 タクミもユミに言いたいことがあるようだ。俺との話が終わるまで待っていたのが本当にタクミらしい。


「あんたも私を愛でたりするわけ?」


「いや、ユウヤのようなキモいこと俺はしないよ」


 キモくて悪かったな。


「ただ一言。ーー良かった。いつものユミちゃんだ」


 普段のタクミとはまた違った雰囲気だった。ユミはタクミに言われるのが気恥ずかしいのか顔を赤らめる。


「あんたもそれなりにキモいわよ」


「でもこれが俺の本心だよ」


 にっこりと笑い、それが本当だと伝える。


「ぅ……お嬢様?」


 リツもようやく目覚めたようでスズネに膝枕をされていた。


「リツ……良かった」


 涙を溢さないようにするので精一杯のようだ。顔がぐしゃぐしゃだ。


「これはどういう状況で? 魔王軍幹部は? お嬢様の膝枕……なんで泣いて、」


「心配したんだからね、リツぅー!」


 とうとう、泣いてしまった。よっぽど心配したのだろう。その様子を見てアオイが説明に入る。


「リツさんは石になってたんですよ。そして、その原因をユウヤさんが仕留めました。ずっと、スズネさんは心配してたんすよ?」


「そうですか。お嬢様、泣かないでくださいよ。僕は笑ってるお嬢様の方が好きですから」


「う、う、うぅぅうぅ」


 泣き止まないスズネはリツに頭を撫でられている。これで主従関係なのだ。付き合っていないのが不思議なくらいだ。


「で、どうしようか? 早く残党狩りした方がいいよな?」


「まぁ、そうだな。再会に浸ってるとこ悪いけどほかの奴ら待たせてるしな」


「なら、急いでや、る……か」


 倒れてしまった。身体から力が何もかも抜けてしまい、立てない。立てないどころか、指一本動かない。口を動かすことくらいしか無理だ。


「あ、『ナッシングリターン』の反動……」


 『ナッシングリターン』の使用後の反動を忘れていた。使用後は大きな脱力感に襲われる。ユミやリツが元に戻ったことに安心して力が抜けてしまったようだ。


「もう動けないのか?」


「悪い。魔力がすっからかんだ」


 悪いが、残りはタクミたちに任せて俺は傍観に徹するかーー


「そうなのか。実は俺もだ」


「え?」


 タクミの奴、今なんて言った?


「ごめん、私もだ」


「あ、気が合いますね。俺もっす」


「スズネとアオイも!?」


 タクミもスズネもアオイもレジーナとの戦闘で魔力を使い切ってしまったようだ。僅かに立てるくらいは残しているようだが。


「なら、僕とユミでアカリたちに加勢しに行きます。僕たちは魔力が有り余ってますから」


「ユウ兄たちは休んでて。それとーーありがとう」


 ユミがそう呟くと、頬を赤く染めてリツと共にアカリたちの下へ向かった。

 残った俺たちはやるべきことを終わらせたため、その場に倒れた。やはり、残していた魔力もそこまで多くなかったようだ。


「だけど、この戦いは俺たちの勝利だな」


 使った魔力の量がその証拠だ。初の魔王軍幹部との戦闘だった。かなりの手強い相手で何度も死を覚悟した。だが、最終的に俺たちは勝った。

 地面に倒れているのは格好がつかないが、格好悪くても俺たちの勝ちは変わらない。俺たちがこの世界に来た意味がやっとできた気がする。この先ももっと強い相手が出てきて、また逆境になるだろう。そのときはまた覆せばいいだけだ。

 遠くで戦闘の爆音がしつつも、未来のことを考えてしまっている。それも危機を乗り越えたからできたことだ。


 爆音を子守唄にユウヤは目を瞑る。このときのそよ風がなぜか心地良かった。

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