14.『己の未熟さ』

 どれほどの時間が経っただろうか。戦況は打って変わらず、こちらの防戦一方だ。レジーナは俺等六人の攻撃をかわしつつ、魔物の軍勢に指示を出す。俺等の攻撃をかわすので手一杯とか言ってるくせに余裕をかます様子が実にイラッとくる。


「あんた、かわすばっかで全然攻撃してこないじゃないか。なんか策でもあるのか?」


「あら、してもいいの? あなたたちが負ける確率が段違いに上がるけど?」


「かわされてちゃあ、攻撃も意味ないんでね。本当に魔力切れを狙ってるんだな」


「その方が効率がいい。経費もかからない。無駄に軍勢を動かして、体勢を崩す心配もない。ね、いいでしょ?」


 かなり厄介だ。攻撃をしてこないんじゃ、隙もできない。こちらはゴリゴリと魔力を削られるのみだ。さすがは魔軍司令官と名乗るだけはある。

 しかし、なんとか逆転をしなくてはならない。レジーナを駆り立てる何かが必要だ。

 なら……!


「みんな、レジーナのことはいい! あの軍勢を崩すことだけに集中しろ!」


「「「……は!?」」」


 みんな当然の反応をする。それはそうだ。幹部を前にして、無視しろと言っているのだ。驚くのは仕方がない。


「いいから俺を信じろ! こっから形勢逆転を狙えるスーパーアイデアを思いついただけだからよ!」


 まぁ、一か八かの博打になるかもしれないけどな。それでもここで変化がないとこちらの敗北に繋がる。


「へぇ、スーパーアイデアねぇ。どんなものかしら? 面白そうだから乗ってあげるわ」


「いいのか? お前が負けちまうかもよ?」


「賢者が愚者の思いつきに乗ってあげるのも賢者の特権というものよ」


 自分理論をぶつけ、俺のアイデアに乗る素振りを見せる。その方が俺もありがたい。

 俺たちはレジーナを無視し、軍勢の方へ駆ける。軍勢は突然の加勢にたじろぎ、形態を崩した。その穴に攻め込み、一気に攻め落とす。

 魔物たちは勇者の強さに圧倒され、反撃することができなくなっている。


「……っ! そういうことね。私があなたの思いつきに乗ってる間に軍勢を崩し、有利に事を進める。それがあなたの考えね」


 少し違うけどまぁ、いいか。

 本当はレジーナが俺たちの後を追う→俺たちが軍勢の中に入る→レジーナが序盤の魔法を防いだ土の壁を軍勢の中心に作り出す→軍勢は形態を崩す→形勢逆転

 の手筈だったんだけど。


「中々に頭が回るじゃないの。油断してたわ」


「油断してて結構。その分、動き易くていいからな」


 レジーナが思い違いをしているが、利用できそうなのでそのままにしておこう。

 さて、俺のアイデアが違う方向に転んだが、こっからどうするかだな。

 戦況としては、俺以外の勇者は俺の発言通りに軍勢を少しずつ削っていっている。レジーナは俺のアイデアに少し混乱したのか軍勢への指示が遅れている。

 あれ? 意外といい戦いに持ち込めてるか、これ?


「なぁ、レジーナ。お前は魔王軍幹部魔軍司令官と言ったな」


「それがどうしたのよ?」


 声のトーンが少し変わった。どうやら、レジーナは次に俺が何を繰り出してくるか警戒しているようだ。


「そう、怯えんなよ。ただ、その名の割にはあまり活躍できていない気がしてな」


 その途端に空気が変わった。禍々しいと言うのが正しいだろう。レジーナからは殺気のようなものを感じる。


「あなた、それは魔王軍幹部である私に対する侮辱、宣戦布告と受け取ってもいいのかしら?」


「そっちから攻めてきてんのに今更、宣戦布告とか笑わせんな。こっちは覚悟決めて戦場に来てんだ。今更、怖気付いてどうすんだよ」


 レジーナの殺気だった言葉に俺は自身の覚悟を伝える。レジーナは俺の挑発に上手く乗ってくれたが、これはちょっとばかし、厄介な状況になったかもしれない。


「いいわ。私が口だけのポッと出幹部だと思った罰を受けさせてあげる」


 別にそこまでの悪口は言ってないけど。レジーナがやる気になってくれて助かった。これで奴に隙が生じるはずだ。そこをガッと仕留める。


「みんな! 戻ってきてくれ! レジーナが本気を出しそうだ!」


「ユウ兄は何をしてんの!? 怒らせちゃってどうするの!?」


「ユウヤはアホなのですね!? 戦況が不利になるだけですよ!」


「お前に任せた俺等がダメだった」


「そんなに悲観しなくても良くね!? それに大丈夫だ。俺には考えがある。俺に任せろ」


 俺の言うことには何も根拠はないが、みんなは俺を信じてくれるようだ。レジーナは変わらず、とてつもない殺気を放っている。


「素直に待っててくれるんだ」


「不意をついて殺してしまったら、私の気が収まらないもの……」


 声が重く感じる。怒りで沸騰しかけているようだ。


「私の本当の姿を見せてあげる。私の能力を! 恐ろしさを!」


 声高々に叫び、身体をゴキゴキ鳴らし、レジーナの真の姿が現れる。

 その姿は異様だった。長い髪はオーラのようなものでそうなっているのか、一本一本が意識を持っているようにうねる。レジーナの脚は見えていた素足が鱗を持ち、一つの尾のような形になっており、若干、湿っている気もする。

 その姿はまさに、蛇だ。

 よく見てみれば、腕や首筋にも鱗が現れている。それに、細長い舌もチョロチョロと動いている。

 これほどの蛇の特徴に女であることから考えられることがある。この女は……!


「みんな、レジーナの目を見るな!」


 しかし、その指示は遅かった。

 僅かに反応したのはタクミとスズネ、アオイの三名、残りの反応はなかった。最悪の状況を考えつつも、後ろを振り返ると

その最悪の考え通りの状況が起こっていた。そこにはユミとリツの石像が佇んでいた。


「ユミぃっ!!」


「そん、な……ユミちゃん、……どうして?」


 俺はすぐにユミの石像へ駆け寄る。タクミはその場にへたり込んでいる。

 それに周りを見ると、何名か兵士も石像と化していた。


「リツ! --あなた! 二人に一体、何をしたの!」


「くそっ! 俺も早く気付けてれば……」


 スズネがレジーナに怒鳴って、質問をする。スズネもリツが石化してしまい、怒りが沸騰しているようだ。

 アオイも気付いていたようだが、俺よりも反応が遅かったようだ。


「これが私の本当の姿。そして、私はもう一つ呼び名があるの」


 レジーナは蛇の身体をうねらせて、口に指を当てる。側から見れば、妖艶な美女だが、俺には興奮より怒りの感情が強く現れた。


「メデューサのレジーナ。それが私の本当の姿。どう、私の作る石像は? 美しいでしょ?」


「お前は何を言ってるんだ?」


 俺の質問に目を細めて答える。


「石像になれば、年をとらないし、何も得られなくても生きていられる。それに、ーー破壊したときの砕け方が一番、その美しさを感じられる」


「悪魔が……っ!」


「あら、本気を出せと言ったのはどこの誰かしらね?」


 クソっ! 相手の能力も知らないまま相手に本気を出させるなんて馬鹿なことをした! もっと、考えてからみんなに指示を出せば良かった! もっと、状況を把握してからやれば良かった! もっと、早く指示を出していればみんな助かっていたかもしれない! もっと、もっと--もっと、俺が上手くやれていれば……。


 自分を悔やむ言葉しか出てこない。仲間を最愛の妹を自分のミスで石像に変えられてしまったのだ。今更、後悔しても遅いのは百も承知だ。

 だが、このあと、どうすればいいのかわからない。六人であれば倒せたかもしれない。しかし、二人も戦闘不能になってしまった。タクミもユミが石化したことにかなりのショックを受けているようだ。タクミも俺と一緒にユミの面倒を見てきた一人だからだ。

 俺も今すぐにでも泣き崩れそうだ。だが、レジーナを倒さなければおそらく石化は解けないだろう。ならば、今は嘆いている暇はない。一刻も早く、二人を救わなければ。


「うるせぇな。俺の未熟さ加減は充分わかってんだよ」


 身体を揺らつかせて、ロウソクの火のように揺らめく。しかし、その揺らめきは魔力による蜃気楼のようなものだ。俺は使う魔法は日常に役立つレベルのものだが、魔力量は誰よりも多かった。その魔力が今、俺の体内から溢れ出していたのだ。


「俺も本気をだしてやるよ!! それもとっておきの技も見せてやる!!」


     ※    ※    ※


「いいか? お前の武器は『やられてもすぐに立ち向かう』ところだ」


「それってなんの役に立つんですか?」


「それもわからないようじゃ、お前はまだまだひよっ子ということだ。まずはその腐った性根を叩きに地下ダンジョンに置き去りにするぞ。五階層に」


 いい思い出なのかはわからないが、この期間に師匠に言われた言葉を思い返す。あの時は辛かった。まさか、本当に五階層に置き去りにされるとは思わなかった。

 でも、それで知れたこともたくさんあった。俺の最大の武器を。俺の弱さを。辛いことの裏には大きな得られたものがあった。

 『やられてもすぐに立ち向かう』、か。

 あんまり、かっこ良くもないが、師匠が俺の努力を見てくれていたそれだけでも嬉しかった。

 でも、師匠には隠していたとっておきの魔法がまだあった。それは俺が見つけた無属性魔法の攻撃に特化したもの。あのダンジョン内で死にかけた俺が手に入れた魔法だ。威力は折り紙付きだが、その反面、使うと大きな脱力感に襲われる。

 俺は師匠の地獄のような訓練に付いて行くために師匠にはこのことを隠していた。今思えば、ミノタウロス戦でこの技を使えばあんなに手こずることはなかったかもしれない。


「でも、今ここでお前にこの技が使えるのなら本望だ」


 目の前のレジーナにそう告げる。レジーナは未だ、殺気を放っている。おびただしいほどの殺気だ。先程よりも増している。


「無属性は全のうちの無だ。あの暗いダンジョンで見つけた、無の最大限。まだ、名前は決まってないけどとりあえず今はこう呼ぼう。


--『ナッシングリターン』ってな!」


     ※    ※    ※


「『ナッシングリターン』? 何よ。それは」


 『ナッシングリターン』、日本語に訳すと『無に帰す』。安直な名ではあるが、今は仮名だ。後々、もっといい技名をつけるつもりでいる。しかし、最も今は名前は置いておこう。今はレジーナを討つことだけを考えろ。


「お前を討つ、オリジナルの無属性魔法だ」


「通りで聞いたことがないはずだわ。オリジナルだなんて、試す奴も少ないのにね」


「死にかける思いをしたもんでな」


 文字通り死にかける思いをした。あまり思い出したくはないあの暗闇での生活。眠れば、いつ襲われるかわからない苦しみ。あそこで三日間を過ごした俺のオリジナルの無属性魔法。完成度は低いが、威力は高い。あとは詠唱の時間稼ぎだ。

 オリジナルでしかも、威力が高いので詠唱にはそれなりの時間がかかってしまう。今、動けるのはタクミとスズネ、アオイの三人。スズネとアオイは好戦的になっているが、タクミが蹲ったまま動かない。


「……ユミ…………ちゃん」


 ただ変わらず、ユミの名前を呟いている。いくら話しかけても返事はない。虚空を見つめているだけだ。


「タクミ、お前の気持ちはよくわかる。でもな、レジーナを倒さないとユミもリツも他の人たちも石になったままだ」


「……ユミ……ユミ」


 俺の言葉に耳を貸さず、ユミの名前を連呼する。


「あなたのお友達は私の目を見ていないのに石みたいだわね」


「タクミ……っ!」


 タクミは何も反応をしない。親友である俺の呼びかけも無視している。二人の時間稼ぎじゃ、心許ない。詠唱を終える前に石へ変えられるかもしれない。それにタクミであれば、俺と長い付き合いのため、連携が取りやすい。

 タクミが早く戦闘に復帰しなければレジーナを倒すのは難しい。だが、レジーナは攻撃の手を止めない。苦しい状況へとなってしまった。俺はタクミに呼びかけ続けることしかできなかった。

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