2.『ファーストコンタクト』

 テレポートの間、光の空間を進み続けた。

 進み続けたと言っても、俺が自分の意思で進んでいるわけではなかった。

 ベルトコンベアに乗っているような感覚で進んでいるのだ。

 腕を上げ、目の前に近付かせるが実体が無い。光のみの空間を進み続けているのだ。

 光しかないが不思議と進んでいる感じはしている。


(いったい、どんな所、なんだろう。ファンタジーと言ったら、エルフとか獣人とかいるのかな? あとからユミたちも来るみたいだし、それまで街とか周ってみようかな)


 期待に胸を膨らませながら、テレポートの不思議な空間を飛んでいると奥に光が見えてきた。

 光を抜け、目を開けると、広大な草原が広がっていた。

 辺りを見渡すと、遠くの方に街らしきものが見えた。


「あれが始まりの街かな? とりあえず行ってみないと何もわからないよな」


 何もわからないまま、草原を歩き出した。

 これが勇者としての第一歩だった。


    ※     ※     ※


 少し進んだところでサッカーボール程度の大きさのスライムに出会った。

 見た感じでは弱そうには見える。

 スライムと言えば、ゲームでは雑魚中の雑魚だ。

 討伐を試みようとするが、俺は武器が無い。魔法もまだ現状では一つも使えない。拳での戦闘しか、今の俺はできない。


「だけど、俺の力とか気になるしな。勇者なら、力の底上げとかあるだろうし、ここはやる気が大事だ!」


 拳は勢いよく振り下ろされ、スライムの脳天らしき場所めがけて直撃した。そこまでは良かった。

 しかし……。


「うわっ! なんだこいつ死なないし、くっついて取れない!」


 スライムを甘く見ていた。ドラ○エでスライムは雑魚モンスターだと思っていたが実際は違った。

 思えば、俺のラノベ知識ではスライムには物理攻撃は効かないと主人公たちが言っていたのを忘れていた。

 しかも、くっついて取れなくなってしまう。そう思っているとスライムが十数匹程群がってやって来た。


(このスライム、仲間を呼びやがったな……!)


 スライムたちは俺に近づくと、そのぬめり気のある体を纏わらせてくる。

 スライムたちは少しずつ俺の顔の方まで這い上がって来た。

 おそらく窒息させようとしているのだろう。

 這い上がって来るスライムたちに触れた服の袖はジュワっと音を立てて溶かされていった。


「クソっ! 来るなー! 誰か助けて! スライムに殺されて俺の異世界物語を終わらせたくない! ヘルプミー!」


 俺が情けない声を荒げていると遠くの方から一つの人影が見えた。

 その影は段々とこちらの方へと近付いてきて、少しすると顔が見れるほどまで近付いてきた。見た目からして俺より少し年と背が上くらいの青年だ。

 青年は走りながら注意喚起した。


「君、あまり動かないでくれ、当たると危険だよ」


 そう言うと青年は手から火球かきゅうを生み出し、こちらへ飛ばしてきた。

 飛ばされた火球は見事、顔のすぐ近くに這い上がってきていたスライムを撃ち落とした。

 それを見た他のスライムたちは酷く怯え、逃げ出そうとすると青年は逃がしはしないと腰に掛けた剣を鞘から抜き、


「五の太刀……『飛電雷ひでんらい』‼︎」


 技名らしきかけ声と共に剣を横に振った。すると、剣の斬撃が雷を帯び、それが分散し、十体以上いたスライムたちに正確に的中し、スライムたちは消滅した。


(凄い、これが魔法、これが異世界……!)


 青年は全てのスライムを倒したことを確認し、俺の方へ駆け寄ってきた。


「君、怪我はないかい?」


(何この好青年。オッドアイでしかも、格好良い服装しているな。見た感じ剣士か? それとも騎士か?)


「はい、大丈夫です。なんか格好悪いところ見せてしまってすみません」


「君には何の落ち度も無いよ。悪いのはこの辺りのモンスター駆除が行き交っていないことだ」


 青年は俺の自負を否定し、自らの失点を悔やんでいた。紳士というのはこの青年のような男を指すのだろう。


「えと、あなたは?」


「ああ、すまない。まだ僕のことを言っていなかったね」


 身なりを整え、姿勢を正すと。


「僕はラバン王国騎士、ライド・レヴァノール。この辺りに光の柱が見えたから、足を運んだんだ」


(かっこいい。騎士とかマジで憧れる。やっぱり、ファンタジーと言ったらこうだよな)


 いきなりの異世界人登場にワクワクしてしまうのは多少なりとオタクの片鱗の見える者の性であり、仕方のないことだ。


「俺はムクノキ ユウヤです。助けていただき、ありがとうございます。ライドさん」


「礼なんていらないし、呼び捨てにしてくれて構わないよ、ユウヤ。騎士としてとるべき行動をとったまでだよ」


 ここでもライドは俺に親しく接する。騎士の鑑と言うべき存在であろう。


「でも、さすがにスライムたちに襲われる人を見るのは初めてだったよ」


 ライドは先程のことを思い出し、失笑している。


「それは忘れてくれ恥ずかしいから」


(コイツ、意外と性格悪いかもしれない)


「ところで、ユウヤはあの光の柱に何か関係があるのかな?」


 おそらく、光の柱というのはレミのテレポートの光だろうな。

 助けてもらったわけだが、正直に言って良いのかわからない。

 しかし、レミからは何も言ってはならないって注意も無かった。


「んじゃあ、ライド。言っても信じてもらえないかもしれないけど俺、この世界とは別の世界から来たんだ。多分、お前が光の柱って言うのは俺が来た時に現れた光と思う」


 そう言うとしばらくライドは考え込み、黙り込んだ。


(やっぱ信じてはもらえないか……)


「まぁ、こんなこと言っても信じられないよな。……ライド?」


「ああ、すまない。ユウヤ、ちょっと王都まで来てくれないか。色々と聞きたいことがあるんだ」


 どうやら、あの大きそうな街は王都のようだ。少し遠くに塀や門のようなものが見える。


「……? 別にいいけど、今の信じるのか?」


「先に聞きたいことがある。その珍しい格好から思ったんだけど、ユウヤ、君は異世界から来た『勇者』だね?」


(『勇者』か、そういえばレミが俺より先に異世界に行ってる『勇者』がいるって言ってたな。俺が来るよりも先に『勇者』が居てくれていたおかげですんなりと話が通ったな。先に来た『勇者』たち、ありがとう)


「ああ、そうだよ。今さっき、異世界から召喚された『勇者』だ」


「……! やはり、君がか。やっと八人目の『勇者』が現れた。後二人の『勇者』が来てくれればあの魔王軍に対抗できる……!」


 ライドはかなりの希望に満ち溢れた顔をしている。そんなにこの世界は危機的状況なのかもしれない。


「多分だけど、後二人、俺の妹と友達が来るはずだからもうすぐで十人揃うと思うぞ」


「それは本当かい!? これは今すぐ王都に伝えなければ……!」


 ずいぶんと驚いてる。この世界にとってはかなり重大なことなんだろう。

 しかし、来たばかりの俺にはさっぱり分からない。


「ユウヤ、今すぐ僕に付いて来てくれ。王城に迎え入れたい」


「了解。でも王城に行く前に一ついいか?」


 少しばかり深刻な顔をし、ライドと面と向かって話した。


「何だい?」


「俺の服、新しいの買ってくれないか? 王城に入るのにこれじゃかっこ悪すぎる」


 その深刻な顔に合わない、軽い言葉を聞くと、ライドは吹き出し、笑い出した。


「ああ、いいともそのくらいお安い御用だ」


 そうして、俺たちはお互いにとりとめのない無駄話をしながら、王都を目指して草原を歩いて行った。


「いやー、それにしてもスライムに襲われるって、ふふっ……!」


「頼むからもう止めろー!」


 否、ライドに自分の失態を嘲笑されながら、王都を目指して草原を歩いて行った。


    ※     ※     ※


 ライドと王都へ着くまで話をしていた。


 話を聞くところ、今現在、世界は魔王へ対抗するために魔法兵器などの策を練っているという話だ。

 先代の魔王が亡くなってからその息子が二代目魔王に抜擢されたようで、先代の魔王より遥かに魔王軍の士気が上がっており、そこで王国騎士や魔法師団が駆り出され、魔王軍と攻防戦中というのが現状だ。


「それにしてもライド、お前、俺がこの世界に来てからほんの十数分しか経っていないのによく俺のところまで来たな」


「ああ、それかい。それは普通に走って来ただけなんだけど――」


「おい待て、今なんて言った」


 ライドの言葉を途中で遮り、問いただした。ライドの言葉が信じられないものだったからだ。

 今、走ってきた、と聞こえた気がした。


「なあ、ライドお前ってもしかしてかなり人間離れしてたりする?」


「そんなこと言われるだなんてさすがの僕でも傷つくよ? ただちょっと僕の剣術の師匠が良かっただけだよ」


 師匠が良くても人間離れしてる体力にはならないとは思う。だが、さすがにこれ以上は本当に傷つけそうだから止めた。


「いやー、少し遠くの方からユウヤを見ていたけどとても面白かったよ『誰か助けてー、ヘルプミー!』ってさ」


(コイツ、本当に性格悪っ!)


「おい、そろそろ止めろよ人間離れって言ったの謝るから!」


 そんなことを話していると、


「オイ、オマエタチソコデ止マレ」


 突然後ろから声がかけられた。声はだみ声で気持ち悪く感じる。

 声がした方を振り返ってみると、そこにいたのはゴブリンの団体客だった。ユウヤは恐る恐る、返事を返してみた。


「えーと、ご用件は何でしょうか?」


「ユウヤ! あまり魔物とは接触しない方がいい、僕の後ろに下がっててくれ! ゴブリン共! ここは僕が相手をさせてもらおう!」


 そう言われ、そそくさとライドの後ろに隠れるとゴブリンたちは隠し持っていた短剣やら弓を構え出した。


「オイオイ、冗談ダロ。一人デオレタチヲ倒セルト思ッテルノカ?」


「見タ感ジオマエ、騎士ダナ? 騎士ヲ殺セバボスニ褒メラレル」


「僕をあまり甘く見ないほうがいい。それにお前たち、僕を見て何か思い当たらないかい?」


 ライドがゴブリンたちを煽っている。ライドは腰に据えていた騎士剣を構えるとゴブリンたちが何かを思い出し、震えだした。


「ソノ特殊ナ騎士剣……ソノ構エ⁉︎」


「オ、オマエマサカ、あの魔王軍重要指名手配に指定されている『ラバンの殺魔鬼さつまき』、ライド・レヴァノールカ!?」


「ライド・レヴァノールッテ、アノ魔王軍ノ幹部が率いた軍隊ヲ一人デ壊滅サセタアノ!?」


「さすがに幹部は倒し損ねたけどね。それでも戦《や》るかい?」


 倒せなかったとしても、どちらも未だに生きているのであれば、互角の強さだったということだ。


(ライド、強すぎじゃありませんか?)


「ジョ、冗談ジャネェ。オマエラ、ココハ逃ゲルゾ!」


「バカ! コイツ相手ニ、逃ゲラレルワケガ無イ!」


「ジャア、ドウスンダヨ!?」


 ゴブリンたちが仲間割れしている。相当、ライドが恐ろしいんだろう。本当にライドが何者なのかがわからなくなってきた。


「オマエラ! 一斉ニ襲イカカルゾ!」


「リョ、了解!」


 そう話し、ゴブリンたちが捨て身で一斉に襲いかかってきた。


「十八か、なら……。六の太刀『稲断《いなだ》ち』」


 ライドはそう呟くと、地面を強く踏みしめ、剣を横一線に振ると稲妻が走り、ゴブリンたちは胴が上下で断たれた。

 ゴブリンたちの死肉が飛び散り、地面に落ちるとライドはこちらを振り向いた。


「さぁ、行こうか」


 呆然としているユウヤには何が起きたかさっぱりわからない。

 ただ一つわかることがある。


「お前、やっぱり人の枠外れてんじゃねぇか!!」


 ライドは少し悲しそうな顔をしていた。


「人をカウントされないのは心が痛むな。ユウヤ、あまりそういうのは人には言わない方が良いと思うよ」


「いやいや、さっきの見て何も思わない方がおかしいだろ!」


 先程のライドの剣捌きは素晴らしいものだった。

 無駄の無い動きに速さ、そして正確さ。どれも素晴らしいものだった。

 しかし、あの数をたった一振りで薙ぎ払う強さは尋常ではない。人並みを外れている。


「思っても言わないのが礼儀というものだと思うけど」


「あんな数を一人で倒しておいて笑顔でいるって相当なサイコパスだと思うわ!」


 実際、あんな現場を見たら鳥肌がたってしまう。ゴブリンたちの血や肉が飛び散り、まるで猟奇サスペンス映画を見ているようだった。


「それにしてもお前、どうやったらあんな強くなるんだよ。精神と時の部屋にでも入ったのか?」


「その何とかって言う部屋には入ったことはないけど、僕は十年前に師匠に教えてもらったことを今でも続けているだけだよ」


 その師匠はこの化け物を作り出した、もっと上の怪物のようだ。


「なぁ、ライド、十年前って言ったけどお前って今いくつなんだ?」


「僕は今、十八だよ」


 十年前となれば、八歳の頃からかなりハードな生活を送ってきたということになる。


「十八ってことは、俺より一つ上か。……いや、十年でもそこまでの強さにはなんないだろ」


「それがなってしまったんだから仕方がないんだ」


 少しばかり憤りを心の奥で感じたが今は鎮めた。

 広い草原を歩き続けようやく王都が見えてきた。

 王都の門の前には槍を持った兵士が立っていた。

 ライドが「少し待っててくれ」と言い、兵士のもとへ向かった。兵士はライドに驚いている様子だった。

 ライドが兵士と話をしていると兵士は更に驚き、すぐさま通してくれた。


「ライド、今何の話をしてたんだ?」


「王城に連絡するように、と述べただけだよ」


 ライドの言葉が怖く感じるのは何故だろう。


「さぁ、行こう。まずは服を買いに行かないとね」


 ユウヤは謎の嫌悪感と心苦しさに包まれ、服屋を目指した。

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