【完結】一夫多妻なんて受け入れられない!どうせお前じゃ貰い手がないだろうからなと言われた私は下衆な婚約者を捨てて逃げることにしました

絆結

1.旅立ち、そして新たなる出逢い

「お前を俺の婚約者にしてやるよ。どうせお前じゃ貰い手がないだろうからな」

彼ルーファス・フォン・アークライトが12歳、私セレスティア・マディライトが10歳の時、父に連れられてアークライト伯爵家へ訪れていたあの日、庭で出会った彼に唐突にそう言われた。


私の父は貿易商人で、アークライト家には商品を売りつける為に、昔から度々出入りしている。

たぶんアークライト伯爵か、ルーファスに請われたのだろう、ルーファスに歳近い私はいつ頃からか父がアークライト家を訪問する際には必ずお供させられた。


綺麗な金髪碧眼で、年齢の割には背も高く、まあ顔も悪くはない。

そんなルーファスだけれど、常に上から目線で、優しくされた記憶もない私は当時10歳にして「コイツはないわ」と思っていて、骨髄反射で断りの言葉が口をついて出た。

「いえ、結構です」


しかしまあ、お前じゃ貰い手がないとは失礼にも程がある。

そりゃあ、我が家は商家で爵位などないが、父の仕事は軌道に乗っており、下手をすると下級貴族よりは裕福な家庭だと言える上に、私自身の見た目だってそんなに酷いものではない。

プラチナブロンドの髪はいつも丁寧に手入れをして、艶やかさを保っているし、体型だってこの年頃の娘としては中の上だし、顔だって自慢できるぞ。


けれど、この国では女性側に断る権利は与えられていない。

私の返事などサックリと無視して、彼は彼の父親に私と婚約する旨を伝えに行ってしまった。


この国、アダスティア王国は、もう随分と昔から男性の出生率が異様に低い。

そのため人口は常に女性過多。

つまり放っておけば女性はあぶれる一方で、出生率はどんどんと下がっていく。

国が亡びることを恐れた何代か前の国王が、一夫多妻制にする事を決定し、男性はなるべく早くに、そしてなるべく多くの婚約を決め、お手付きした者は必ず妻にめとるようにと定められた。

しかも、国の存続がかかっているため、貴族と庶民といった身分差のある者の結婚も認めた。

そうしてこの国は今、より早くに、より多くの婚約者や妻をもち、そしてより多くの子をもうける者が、より優れた者と認められる。そんな国になっている。


お陰で、私はよわい10歳にして、好きでもない、寧ろどちらかと言うと嫌いな人間の婚約者にされてしまった。

そんな私も今年15歳になり、そろそろお手付きされそうで戦々恐々しながら過ごしている。

基本、誘われてもお断りしているし、彼には12歳当時から既に私以外に七人の婚約者がいるので、どうぞそちらでお手付きして下さいと、心の内に収めず常に口に出してそう伝えている。

なのに、何故か彼は私に固執して、何度も何度も色々なことに誘ってくる。

恐らく、この国の女性であれば、お淑やかに、控えめに、男性の三歩後ろを歩くように、男性から求められた事には唯々諾々と従う人間ばかりで、こうやって真正面から異を唱える人間が珍しく、どうしても服従させたいだけなのだろう。


私からしてみれば、こんな異常な国で、男性の求めに何の疑問も持たずに従うなど考えられる事ではない。

と言うのも、ここまで女性の意思や人権を無視した国はこの世界でも、ここアダスティア王国くらいのもので、他の国は同じような状況でも、もう少しマシな程度には女性の人権も意思も尊重されている。

貿易で他国へ行くことも多くある父が他国の本などをたまにお土産としてくれる。そんな本を読んだり、うちの商船の乗組員の人の話を聞いたりして、他国の様子を知っている私には、この国の在り様は受け入れられない。

何故、男性には選ぶ権利が与えられ、女性には拒否する権利さえ与えられないのか。

しかも、女性はたった一人の人を愛し、敬うのに、男性からは自分一人に愛情が向けられない。

こんな不平等は到底受け入れられなかった。


流石に自分で働くこともままならない年齢で、家や国から逃げ出したところで、すぐに野垂れ死ぬことが分かりきっている。

どうにか商家に生まれたこの境遇を活かして、どこかで一人暮らしていける歳になるまでと待っていたが、そろそろ頃合いだろう。


ずっと着々と準備を進めていて、既に隣国へ渡る用意も整っている。

隣国、ウェルネシア帝国は、同じく一夫多妻制を認めてはいる。

が、アダスティア王国と決定的に違うのが、女性にも選ぶ権利、断る権利が認められている。

故に、無理矢理お手付きすることも許されないし、一夫一妻の夫婦も多く存在する。

代わりに、帝国を治める皇帝は有能で、国は豊かで争いもなく、暮らしやすいの国ではどの家庭も子沢山だという。


つまり、治める王が有能ならば、一夫多妻を強要したり、女性の人格を無視したりせずとも、国は続いていくということだ。


是非ともアダスティア王国のアホ王にも見習って欲しい。


私は用意していた最低限の荷物を持ち、サイドテーブルに両親へ宛てた手紙を置くと、そぉっと扉を開けた。


父は今日は母とは別の若い奥さんの元へ行っている。つまり、さかっているので気付かないだろう。

母や別の奥さん達は、父が他の奥さんと盛っている夜は、情事の声を聞きたくないので睡眠剤を飲んで寝てしまっている。

こんな国だから、子供達は盛っている声には慣れているけれど、というかかなり荒んで育ってしまっているけれど、それでも自分が奥さんの立場になれば、やはり別の人間と盛っている声など聞きたくはないだろう。


父には六人の奥さんとの間に十五人の子供がいる。が、上十人は既に成人して家を出ている。

そして残り五人の内一人は赤ん坊、一人は幼児、もう一人は8歳でこの時間には既に就寝している。


そして同じ母の子である、仲の良い兄にだけは、行先は告げていないが、逃げ出す事は伝えてある。

眠る前に最後の挨拶も済ませていた。

母が私的に見てまともな人間であったお陰で、兄ロベルトはこの国には珍しく優しい男性に育った。

婚約者も17歳の今の時点でまだ一人しかもっていない。

恐らく生涯その一人としか結婚しないだろうと言っている。

こんな国でも、私もそんな人に出逢えれば、この国で生きても良いと思えたのだろうなと思う。


私は部屋を出て階下へ降りると、玄関とは反対側の奥まった部屋から聞こえる嬌声を行進曲にして、玄関へと足を進めた。

玄関の扉をくぐり、振り返ると腰を折り、頭を下げる。


こんな国にも、この国に染まる父にも、諾々と受け入れる母にも未練はないが、一応15の歳まで育てて貰った恩はある。


頭を上げると私は踵を返し、今度こそ振り返らずにマディライト家を後にした。






「ティア、今日納品された分の伝票置いとくからよろしくね!」

カウンターで帳簿をつけていた私に、オーナーの奥さんであるイレーネさんが声をかけてくる。

「はい。分かりました」

チラリとだけ視線を上げて、カウンターに置かれた伝票に手を伸ばす。


永い年月をかけて信頼を築いてきた商船の船長に助けてもらい、無事アダスティア王国を出てウェルネシア帝国へと渡った私は、船長の紹介で雑貨屋のオーナー夫妻の家へ避難させてもらい、なんと境遇を哀れに思った夫妻の養子として迎えてもらった。

孤児を引き取ったという名目で養子縁組してもらい、今私は、セレスティア・マディライトではなく、ティア・ミッターマイヤーと名乗っている。


元々マディライト家も商家だし、雑貨屋の養子というのは何とも有難い。

イレーネさんと、オーナーのウォールさんは一夫一妻の仲良し夫婦で子供はなんと十二人いるらしい。

けれど全員が既に独立しているらしく、私を養子に迎える際も「寂しくなったところだったから、ちょうど良かったわ」と優しい言葉をかけてくれた。


「ティア、悪いがそこにある飾り蝋燭ろうそくを一つ取ってくれないか」

ウォールさんの呼びかけに、私は走らせていたペンを止め、顔を上げた。

彼が指さす方向には何種類かの綺麗な花の形をした蝋燭が並んでいる。

明かり取りに必需品となっている蝋燭は、普通は棒状の長い極有り触れた形のものだが、飾り蝋燭と呼ばれるこの花型の蝋燭は、パーティーやお茶会に使われたり、後はねや事を行う部屋の雰囲気作りに使われたりする。


「はい。何色がいいですか?」

立ち上がりながら問いかけると「黄色をお願いします」と上品な声が返ってくる。

声の方へ視線を向けると、少しご年配のお仕着せを着た女性が立っている。

どこかの貴族屋敷の使用人が、お茶会用の蝋燭を買いに来たのだろう。


私は指定された黄色い飾り蝋燭を手に取り、女性の方へ歩み寄り蝋燭を見せる。

「こちらでよろしいですか?」

「ええ。奥様がお茶会にはこの蝋燭がないとダメだと仰るのよ」

彼女のそんな返事を聞きながら、私は蝋燭を手早く梱包する。

日中に開くお茶会なら、窓からの明かりでも十分明るいので、光の届きにくい場所に蝋燭が一つあれば十分なのだろう。


梱包した蝋燭を袋に入れ渡すと、彼女は上品に「ありがとう」と言ってくれる。

私とウォールさんは「ありがとうございます。どうぞまたお越しください」と言って彼女を見送った。


彼女の背中を見送ってから、私は隣に立つウォールさんを見上げ声をかける。

「ウォールさん」

「お父さん、だろ?」

声をかけた途端に、こちらを振り返りながら言い直しを要求される。


「あ、ごめんなさい。お父さん」

「なんだい?」

素直に呼び直せば、彼は優しく微笑んで先を促してくれた。


「そろそろ配達に行く時間じゃない?」

「ああ。そうだね。店番を頼めるかい、ティア」

問いかけると、時間を確認し、彼は私の頭に手を乗せ応える。

イレーネさんは先ほど納品された品を裏で仕分けしているため、そんな時は必然的に私が店番をすることになる。

「任せて」

私がそう言うとウォールさんは嬉しそうに笑って「ああ。頼むよ」と返し、裏へと回っていった。

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