20日 弟月町小史⑤ 昭和20年代 もっさんの話 前編

 幹と書いてモトイじゃ。『もっさん』でええよ、もっさんで。

 生まれは弟月と違うぞ、わしゃ弓張大町よ。

 弓張、ここらの人はユミバルいうがな。わしらぁユバルと言いよった。ま、それはええ。

 まあ……焼けたわな弓張は。なんもかも焼けた。


 それで終戦の翌年に、弟月の親戚を頼って家族で引っ越したんじゃ。山ひとつふたつ越えただけでこっちはなんも焼けてない。不思議な気がしたもんよ。

 親父は親戚に土地借りてバラック建てて、駅前ですいとんかなにか売る屋台を始めよった。

 学校の校舎がちゃんとあるのは嬉しかったのう。弓張はなんも無くなったから校庭で青空教室でもやるかという状態じゃったし。


 わしらん頃は学校そのものがいろいろ変わった、変わりまくったわい。尋常小学校が国民学校呼ばれるようになったのはいつぞ? ほんで終戦後は小学校か。なんでころころ呼び方が変わったんじゃ、めんどくさい。

 綴り方もそうじゃ。わしらぁカタカナから習うた。横書きの時は右から左に読んだ。それが、世の中には西洋式に左から右に書いた文もあると知って、どっちじゃと聞いたらどっちもありじゃと大人は言いよる。そしたら終戦後には、左から右に書け、これは統一じゃと急に言われた。

 教科書も、戦争に負けたとたんにあれはいかんこれはいかんと、墨塗って消せ言われた。なんでも急よ。


 あとなあ、それまで男女別の教室じゃったのが、中学に入った年から急に男女一緒に勉強せえ言われたのも困った。うわーおなごん子と隣の机じゃ、どないしょうと。わしら男子だけ廊下で固まってまごまごしよったら、先に入った女子らぁが。

「おまえら怖いんか、性根しょうなしじゃあ」

 いうてからかいおる。あとから知ったが、わしらの学年の女子は特別オテンバが揃うとったみたいじゃ。


 そういや、先生を気に入らんいうて教室から追い出したこともあった、それも女子らよ。新時代じゃ、ミンシュシュギじゃいうてな。あいつら意味わからずに言うとったぞ。もう無茶苦茶じゃ。

 校長先生がカンカンになって来たが、いうこと聞く奴ぁおりゃせん。

 結局、ざんばら先生に大目玉くらってその場は収まった。

『ざんばら』いうのはあだ名よ。在原ざいばらいう先生でな、いつも空手の道着着て鬼瓦みたいな顔しとった。けど言いよることは一本筋が通っとるから、オテンバどもも言うこと聞きよったな。


 その頃、海岸沿いに大きい工場ができてな。今は撤退してしもうたが、一時は大勢の工員がおったもんよ。わしらの頃は、中学卒業したら家業を継ぐもん以外はほとんどその工場の仕事に就いたのと違うか。

 わしも行ったよ。うちの親父は、もうその頃にはうどん屋をしよったが、姉さんらが引き揚げで帰ってきたもんで、大家族になってしもうて。働き口があるのはありがたかった。高等学校へ行こうとは、その時は思わんかったな。


 県外から集団就職で来た連中もおった。その子らは寮生活よ。男子寮は男寄だんき、女子寮は女寄じょきいうてな、きっちり分かれとったが、食堂は一緒だった。わしもしょっちゅう食べに行ったぞ、可愛らし女の子がおりゃせんかと思ってな。そらそうじゃろうが。十五やそこらできつい工場の仕事せにゃならんのに、そんくらいの楽しみはいるわい。


 ジゲやんの話は聞いたか。あれはのんびりしとるようで、面白い男ぞ。

 上の兄貴二人が兵隊にとられた時、シゲやんはまだ小さかったくせに、家も畑も継ぐつもりで腹くくっとったらしい。ところが兄貴らぁ二人ともピンピンして復員してきた。三男のシゲやんには次ぐべき畑も田んぼもない、中学卒業してこれからどうしようと思うとるところにな。

 ざんばら先生、いや在原先生が来た。

 先生はな、シゲは勉強せにゃいかん、高校行けいうて勧めてくれたんじゃと。弟もおるのにそんな金ないわいと言うたら、新しうできた工場で働きながら定時制に行く方法もある。そういう子が何人もおると。渋る親には、これからの時代は学問が絶対必要になると。説得してくれたんじゃと。

 シゲやんはさんざん考えて、もっさんと一緒なら定時制に通うと答えたらしい。わしら年も近いもんで、もっさんシゲやんと呼び合って工場の現場でも仲良うしとったからな。先生はわしの親まで説き伏せてくれた。ありがたいこっちゃ。

 それからよ、仕事を終えたら学校行くような生活になったのは。わしも付きいがええのう。こんな爺になるまで長い付きいになるとは思わなんだけどな。


 工場はどんどん大きうなって、若いもんもどんどん増えた。

 そしたら店が増える。映画館もできる。芝居小屋の跡をコンクリで固めて、ローラースケート場までできた。わしも休みの日は遊んだもんよ。

 ローラースケート言うてもな、今みたいなハイカラな靴はないぞ。車がついた土台を自分の靴にベルトでくくりつけるだけじゃ。ヘルメット? そんなん被らん。

 上手いやつらは、パーマネントあてた女の子連れてキヤーキヤー言わせよった。


 ああ、話が長うなった。

 続きはまたじゃ。








 


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