16日 弟月町小史③ 終戦直後 シゲやんの話・前編

 ワシはいぬ年生まれよ。三男じゃから繁三しげみ。シゲやんと呼ばれとった。

 終戦ごろから、いや弓張大町が焼けた頃からじゃったろうか。弟月にも食糧求めて来るもんが多くなった。うちはそこそこの畑持っとったもので、イモやらカボチャやら売ってくれ言うて大きなリュック背負った人がよく来た。金は日に日に価値がなくなるいうてな、着物やらの物々交換の時もあった。


 来るのは大人だけじゃないぞ。子どもの『買い出し部隊』もリュック背負ってぞろぞろ来よった。空襲で親が死んだとか妹が結核とか、お涙頂戴ばなしをしくさって、玄関先でめそめそ泣き出す者もおってな。うちのおふくろはそういう話に弱いもんで、かわいそうにと多めにイモを包んでやったりして。いやいやうちだって充分食えとらんのに、かあやんは人が良すぎるぞと、ワシはよう文句言うてやった。

 そしたらおふくろは決まって言う。

「シゲよ。親を早う亡くすくらい辛いことはないぞ……」

 おふくろは小さい頃に親を亡くして奉公先で苦労しとったからな。戦災孤児と聞いて、たまらんかったらしい。


 見可島に、遠縁のコウばあやんという人がおった。独り暮らしのコウばあやんのことをおふくろはいつも気に掛けて、時々は物を届けたりしとった。

 その日もワシは干し大根やらなんやら持たされて、島まで使いに行かされた。

 渡海船は甲板まで人や荷物で足の踏み場もない。みんな買い出しの人らじゃ。そん中に、子どもらだけの集団がおった。

 おやぁ、見たことある奴らがおるぞと。よくよく見たら、せんにうちへ来てイモを多めにせしめたガキどもじゃ。お父がどうしたお母がどうしたと笑いながら馬鹿話をしよる。なんぞ、ちゃんと親がおるんじゃないかと。ワシは腹が立って、ガキどもに言うてやった。

「やいやい、誰が戦災孤児じゃこの大嘘つきが、エンマさんに舌を引っこ抜かれてしまえ!」

 するとおかっぱのおなごの子がな、ペロリっと舌を出して。

「引っこ抜けるもんなら抜いてみぃ。あたしの舌は長いんじゃ」

 と、鼻の頭までなめてみせよる。なんちゅうおなごじゃ。


 その時、甲板がざわざわし始めた。警官じゃ、警官が荷物調べよる、と内緒声が伝わってきた。

 買い出しで買えるのは、イモが一人何貫と決まっとった。もし米でもあったらおおごとよ。うまいこと隠す者もおったらしいが、ヤミ米でもうっかり出てきてみい、縄かけられるわい。ワシはべつにヤミ米なんぞ持っとるわけじゃないのに、警官と聞くだけでおそろしうなった。


「オッコ、あれ出せ」

 年かさらしい男の子が言うと、さっきのおかっぱが大きな風呂敷をさっと拡げた。布団風呂敷いうての、引っ越しの時に布団を包めるくらいの大きいやつじゃ。それを並べたリュックに掛けて、その上に島の子どもらが座る。

「あんたも早う座り」

 おかっぱに言われて、ワシも一緒に座る羽目になった。


 雀の子みたいにリュックの上にずらっと並んで、てんでに歌をうたう、馬鹿話をする、本を読む……警官が回ってきても知らん顔じゃ。警官も子どもの荷物までは詳しう調べん。チラっと見るだけで向こうへ行ってしまった。

「な。買い出し部隊は子どものほうがええんじゃ」

 年かさの子が得意げに言うたことよ。

 警官が船室に行ったのをよぉっく確かめてから、

「お前らぁ、まさか米はないじゃろうが、イモも多過ぎやせんか」

 とワシは聞いたが、みんな黙ってニヤニヤしとる。

 ほんとに、なんちゅう奴らじゃ。


 島の子らは船の乗員とも顔見知りらしかった。

 渡海船には煙突があった。石炭は足りんなっとった頃じゃし、何を焚いて動力にしとったかは知らん。なんにせよ釜焚きさんがおったのは覚えとる。

にいやん、イモ焼いて」

 オッコは釜焚き兄やんに頼んで、サツマイモを焼いてもろうたりして、えらい慣れとったな。

「あんたもあげよ」

 気前よく分けてくれたなと思ってイモをかじりよると、オッコは悪い顔してなあ。

「ほい食べた。これであんたも同罪じゃ。あたしらのイモが多いのどうの、もう言うな」じゃと。

 つまりイモは口封じじゃったわけよ。悪知恵のまわるやつよ。


 話をしてみると、オッコはワシより(学年が)二級上の申年じゃ。父やん母やんは揃うとるが、兄姉が多いんで食糧が足りるわけがないとか。母やんは編み物名人で、妹には可愛い服を編んでやるのにオッコには水兵みたいな服しか編んでくれんとか、背が小さいのは重たいもん持たされるからに違いないとか。まあよう喋ったな。ワシはふんふんと聞く一方じゃ。


 船を下りる時になって、オッコは荷物を背負うのをちょっと手伝ってくれという。それみい、欲張りすぎじゃと思いながらリュックを持つと、あんまりな重さにワシは驚いた。

「お前ぁ、こんな重いもん持って桟橋歩けるんか?」

 オッコはケロっとして答えたもんよ。

「なんのなんの。あたしは水汲みで鍛えとる」


 水道がまだ整ってない頃じゃ。見可島の人間は、貯水タンクから毎日水を汲んで、石段や坂ばっかりの道を家まで運ぶ生活をしとった。大人でも音をあげるような重い重い水桶を、おなごの子が毎日運ばにゃならん――それを思うとな。

 孤児じゃと嘘ついたことも、リュックのイモが多すぎることも、なんかもう、責める気が失せてしもうたものよ。

 




 

 




 

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