6日 イトオシイ

――外の世界ってやつを知ってるか。


 俺に問いかけたそいつは、ロジャーと呼ばれていた。

知らねえな。目の前にある食い物と水、周りを囲む金属の檻、それが世界の全てだ。

 俺の答えに、ロジャーは甲高く笑った。


 奴は俺より先に選ばれた。「外」に出るために。

 ――お前もいつかは出るんだぜ。そこには「イトオシイ」がいる、お前の「イトオシイ」に出会ったら、愛してると歌ってやるんだ。じゃあな、あばよ。

 小窓があるだけの四角い箱に移動させられながら、ロジャーは笑っていた。

 そしてそれっきり帰ってこない。


 イトオシイとは何だ。外に何があるっていうんだ。


 ある日、俺の選ばれる日が来た。ロジャーと同じように四角い箱に移され、揺すられ、小窓から漏れる光と臭いに気分が悪くなった。

 これが外の世界とかいう場所なら、ろくなもんじゃねえな。俺は毒づき、愛どころか愚痴しかない歌を歌った。


 揺れがおさまると、急に世界が開けた。箱が開いている。

 「外」だ。外に出られる! 俺は飛び出したが、すぐに失望した。

 明るい光に溢れたその場所もまた、檻の中だったからだ。


♪ロジャー ロジャー 教えてくれよ

イトオシイはどこにいる

イトオシイは来るのか ここに♪


 俺は毎日同じ歌を歌った。慣れてしまえば、この檻も悪くはない。前よりも美味い食い物、清潔な水、あたたかい寝床。ときどき、大きいやつと小さいやつが来て、俺の世話をする。特に小さいやつは何が気に入ったのか、ずっと檻の外から俺を見つめ、指でつんつんしたり変な名前で呼びかけたりする。

 冗談じゃないぞ。つつくな、そんな大きな目玉で見るな。それに俺は、イトオシイを待っているんだ。イトオシイを連れてこい。


 ある日、世界が揺れた。水も食い物もひっくり返り、がしゃんがしゃんと檻が音を立て、ついに床に落ちた。

 目が回ったが、怪我はしなかったようだ。揺れが収まり周囲を見回すと、奇跡が起きていた。

 檻の一部が開いている! その先に見える窓も!

 もちろん俺は飛び出した。

今度こそ「外」だ、本物の外の世界だ!


 ところが「外」は寒かった。

 おまけに突風が吹いて、俺のバランス感覚を狂わせた。

 まて、待ってくれ。俺はまだ俺のイトオシイに会ってないんだ。

 おおい誰か、ロジャー、助けてくれ!



 目覚めたのは薬くさい部屋だった。

 白い服を着たでかいやつが何か言っている。

――ああ、目を開けました。大丈夫、羽根も折れてない。ちょっと気絶しただけでしょう。

 身体を起こすと、見慣れたやつらがいた。

 毎日俺の世話をしにくる大きいやつと小さいやつ。

 小さいやつは俺に駆け寄ると、目からぽろぽろ水をこぼしながら言った。

――ごめんねオカメちゃん。地震怖かったね、怖かったね。もう大丈夫、おうちに帰ろうね。

 

 だから、その変な名前で呼ぶのはやめろ。

 けれど小さいやつの指で羽根をなでられていると、不思議に気分が良くなった。



 あれから俺は、また檻の生活に戻った。

 いや、檻ではなくケージというらしい。まあいい。たまには戸を開けて部屋の中で自由にさせてくれるから、文句はない。


 「イトオシイ」はいた。

 毎日俺の水と食い物を取り替え、大きな目玉でじっと見るやつ。

 そして、そうっと羽根をなでてくれるやつ。


 そうだな、そろそろ歌ってやってもいいか。

 おれはとびっきりいい声を響かせた。


♪よう飼い主、小さい飼い主

 俺のイトオシイさん


 愛してるぜ♪

 

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