九百七十七話 選んだ選択

「……大丈夫、だよね」


決して戦況が有利ではない状況で相変わらず笑みを浮かべているガルーレ。


だが……これまでスティームたちが見てきた笑みと比べて、現在ガルーレが浮かべている笑みは少し違っていた。


「多分大丈夫だと思うぞ。あれは、楽し過ぎてあそこまで珍しい笑みが零れてるんだと思う」


「楽し過ぎて、か…………アラッドも経験があるの?」


「さぁ、どうだっただろうな。ないとは、言えないな」


自分がガルーレと同じく、戦闘好きな部類に入る人間であると自覚しているからこそ、絶対になかったとは断言出来ない。


「とはいえ、あの笑い方……虫系モンスターには感情がないからいまいち解らないが、多分圧がさっきまでと比べて強くなっただろうな」


「あっ、やっぱりそうだよね。なんか僕も、ガルーレの笑みが少し変わってから、ちょっとぞくっとした」


「そうか……まぁ、だからって、あっさり勝負が決まるってことはなさそうだがな」


アラッドの言う通り、楽しさが頂点に達したガルーレから零れる笑みの質が変化。

その変化によって、対峙者に対して与える圧がより重厚なものになったが……そこは虫系モンスター。


危険だと、早く始末した方が良いと、本能が訴えかけてくるも、焦って攻め方が雑になることはなかった。


「あはっ!! いきなり、激しくなるじゃん!!!!」


「ッ!!!!!!」


焦ってはいない。

しかし、目の前の人間を早く殺した方が良いという本能に従い、グレーターマンティスは鎌を振り回すだけではなく、至近距離からも斬撃波を何度も放つようになった。


鎌による斬撃はガルーレにとって絶対にまともにくらいたくない攻撃ではあるが、鎌から放たれる魔力の斬撃波も、可能であればくらいたくない。


(時折跳んで浮くの、結構、厄介ねっ!!!!!)


蜂やカブト虫、トンボ系のモンスターなどと比べれば飛行能力は落ちるものの、グレーターマンティスも一応飛行性能を持っているため、ガルーレと違って宙を飛ぶことが可能。


宙に跳び、ガルーレに向けて多数の斬撃波を放つこともあり、既に周囲の地面は幾つも斬り裂かれた跡がある。


(でも、本当に…………最・高ね!!!!!!!!)


相変わらず戦況は自分の方に傾いておらず、鎌をロングソードの斬撃で弾き返すことは上手くなってきたが、まだ斬撃による目立ったダメージは与えられていないガルーレ。


それでも尚……彼女は笑うことは止めない。


「ッ!!!!!!!!!」


そんな人間を見て、更に本能が強くグレーターマンティスに訴えかける。

目の前の女は直ぐに殺すべきだと。


グレーターマンティスは迷うことなくその本能に従い、更に戦いを加速させる。


振るい、振るい、振るって振るって振るって振るって振るって振るって振るい続ける。


基本的に人間よりもスタミナが多いモンスターの中でも、虫系モンスターは疲れ知らずな個体。

まず、この斬撃の嵐が止まることはない。

相手の攻撃が止まらないという事は、対峙者もまた止まることを許されない状況を強いられる。



「あは、あはは!!! 本当に、速くて、苛烈ね!!!!」



だが、本日出会った人間は、まだ笑っている。

虫系モンスターには感情というものがないに等しいが、それでも何度か人間……他のモンスターと戦闘を繰り返していれば、おおよそ何を思っているのか解るようになる。


グレーターマンティスがこれまで戦ってきた相手の中に、笑っているモンスターも……笑っている人間もいた。

全戦全勝、苦戦などあり得ない……といった華々しい戦歴を重ねてきた訳ではないが、今日までそういった対峙者を全て倒してきた。


しかし……現在、目の前にいる人間の様な笑みを浮かべて戦う人間を……生物を、グレーターマンティスは知らなかった。

だからこそ、生物としての本能がグレーターマンティスに強く訴えかける。

知らないからこそ、直ぐに殺せと。


その本能は正しく、仮にグレーターマンティスの立場に人間が立っていたとしても、まず行うべきは生き残ること。

倒して生き残っても良し、逃げて生き残っても良し。

知らない笑みを浮かべていた理由を考える、知るのはその後で良い。


そしてグレーターマンティスは倒して生き残る道を選んだ。


目の前の人間を倒しても、更に奥の人間たちを相手にしなければならない?

今、そんな事はどうでも良かった。

ここで背を向けて逃げようとすれば、それこそ確実に死んでしまう。


だからこそ、全身全霊で倒そうとした。


「あっはっは! あっはっは!!!!! ……はっ?」


狂気的な笑い声が続く中……その声は急に途切れ、次には疑問の声が零れた。


「あっ」


(あちゃぁ~~~…………仕方ない、と言えば仕方ないんだろうな)


何故、ガルーレから狂気的な笑い声が途切れ、疑問の声が零れたのか……少し離れた場所で観ていたスティームとアラッドは直ぐに気付いた。


経験値不足による落とし穴……と言うほど、グレーターマンティスの戦歴は浅くない。

浅くはないが、ただ……足りなかった。


「………………はっ?」


「っ!!!!!!!」


再度、ガルーレの口から疑問形の声が零れた瞬間、グレーターマンティスに……初めて感情というものが生まれた。


それは……喜びや悲しみなどではなく…………恐怖だった。

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