八百十二話 本当に残念
「……先輩、最近あの三人組を見ませんね」
昼過ぎ頃の冒険者ギルド内で働く受付嬢が、ふと思い出したかのように呟いた。
「アラッドさんたちの事ね。そういえば……確かに最近見ないわね」
「また依頼は受けずに、気ままに狩りを行ってるのでしょうか?」
「かもしれないわね」
アラッドたちが街から出て活動する日、三人は必ずしも冒険者ギルドに寄ってはいなかった。
理由は特に珍しくはなく、金に困っていないから。
それをギルド側もある程度把握しており……三人が偶に気ままに狩りを行ない、溜まった素材などを売却しに来ることいった流れも把握していた。
「それが、別の街に移ったのかもしれませんね」
「それは……少し残念ですね」
残念と呟いた受付嬢は、アラッドやスティームといった冒険者として活動しているが、実際は貴族の令息といった玉の輿を狙っていた訳ではなく、純粋に三人が売却しに来る素材に対して有難さを感じていた。
「アラッドさんたち、この寒さでも全く気にせず連日の様に外に出てたらしいですからね」
「防寒対策のマジックアイテムを装備してたらしいけど……それでもってツッコみたくなったわ」
雪原や雪山での探索に慣れている冒険者であっても、一度探索を終えれば最低でも一日……基本的に二日か三日は休日を取りたい。
それほど体力を消費させられる環境であり、探索慣れしているからといって、容易に消費を抑えられるものではない。
「全ての素材を売ってくれてた訳じゃないけど、本当にびっくりするぐらい売却してくれたお陰で、今年もなんとかなりそうね」
基本的に気温が低く、寒い時期は本当に寒くなる。
その為、一定の時機に突入する前に、街全体で備える取り組みを行うのだが……百パーセントと完全に備えられるかと言えば……やや怪しい。
雪山や雪原などを主な生息地とするモンスターの錬金術に使える素材などは、貴重な収入源。
勿論肉などに関しても、全ての冒険者がアイテムバッグやリングを持っているわけではなく……一般的な森、草原などと違ってその場で解体を行うのに向かない環境であるため、丸々持って帰る方が効率が良いのだが、出来るパーティーが限られている。
「当然と言えば当然の事なんでしょうけど……本当に強かったですね、アラッドさんたち」
「そうね。この街を拠点にしてくれないかって、本気で思うぐらいにね」
アラッドたちは討伐したBランクモンスターの素材に関しては、肉などの食べられる物や、アラッドが討伐したモンスターのキャバリオンの素材として使える物などは売却しなかったが、その他の素材に関してはギルドで売却していた。
キャバリオン以外のマジックアイテムを造れるアラッドだが、自分の腕ではまた使いこなせる素材ではないと判断していた。
肉に関しても必要以上に溜め込むことはなく、ある程度は売却しており、ここ最近で一番ギルドに貢献した冒険者たちは誰かと問われれば……受付嬢たちは間違いなくアラッドたちだと答える。
「そう考えると……あの冒険者たち、よくアラッドさんたちの事を嗤えましたね」
以前、アラッドたちがクエストボードを見ながら、目に映ったヘイルタイガーやブリザードパンサーといったモンスターたちと戦ってみたいという言葉に反応し……比較的若い冒険者たちが三人の事を小バカにするように嗤うという事件があった。
事件という言葉を聞いて、大袈裟ではないかとツッコむ者がいるかもしれない。
しかし、ウィラーナの冒険者ギルドの職員たちにとっては、決して笑いごとで済ませる話ではなかった。
「そうね…………彼等の事を良く知らなかったとはいえ、あれは本当に肝が冷えたわ」
アラッドに非はまったくないのだが、結果としてある冒険者をギルドから追放する件に関わったことがある。
冒険者ギルドから見て、アラッドはここ一年と少しの間でいくつもの功績をたたき上げ、かつ侯爵家の令息という……超新星とほんの少しの恐ろしさが混ざった存在。
諸々の事情を考慮すれば、アラッドの一声で冒険者を追放しなければならないと判断するのは……決して冒険者ギルドの早計とは言えない。
「嫉妬するという気持ちは解らなくもないけど、冒険者なのだから……もう少しその辺りを考えて言葉を発してほしいわ」
受付嬢として数年以上の実務経験がある彼女。
容姿は受付嬢らしく整っているが、受付嬢として働き始めた当時……現在は受付嬢たちを纏める立場として働いている上司の美しさに嫉妬した経験がある。
とはいえ、嫉妬したからといってどうこう出来るわけがなく、仕事が出来る者が失われれば、そのしわ寄せが襲い掛かってくるだけ。
基本的に嫌がらせなどをしようとしても、メリットなど欠片もない。
加えて、される側も潰したところで直ぐに使える新人が入ってくるわけでもないため、気にするだけ無駄と判断することが多い。
だが……冒険者たちは、物理的な力がある。
ギルド内で起こる件に関しては口を出せるが、外で起こる事に関しては口を出せず……仮にアラッドたちが裏で嗤った者たちと軽くお話をしたとしても、それはそれで致し方ないと思われるだけ。
「なんだが、今となってはって話ですけど、一度ぐらい死なず……本当の意味で心が折れないぐらいにはボコボコにして貰った方が良かったのではと思います」
「……上手くいく保証はないけれど、同意はするわ」
二人は揃って大きなため息を吐きつつも、上司に怒られない様に真面目に手を動かし続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます