七百九十話 そうするつもりはない

「アラッド様にお客様です」


「俺に客、ですか」


スノーウルフを必要な数だけ討伐し、毛皮の納品依頼を達成したアラッドたち。


その日のうちに依頼を達成し、現在は既に夕食を食べ終え、大浴場で汗を流し終えていた。


「冒険者ギルドの職員のようです」


「……分かりました」


来客の詳細を確認。

冒険者ギルドの職員がわざわざ来訪する理由が即座に思いつかないものの、とりあえずリーダーである自分が対応するべきと思い、スティームとガルーレを部屋に残して一回へ降りる。


「夜遅くに訪問にして申し訳ありません、アラッド様」


「えっと…………とりあえず、様呼びは止めて貰えますか」


「……かしこまりました」


自身が侯爵家の令息だということは忘れてはないものの、様呼びはどうしてもむず痒さを感じてしまう。


「アラッドさん、本日は我がギルドを拠点に活動している若造たちが失礼な対応を取ってしまい、申し訳ございませんでした」


アラッドの元に訪れたギルド職員は三十代前半の男性。


彼の素性は知らずとも、目上の人にいきなり頭を下げられ、謝罪されたという事実には驚かずにいられない。


(……何故、いきなり謝罪?)


アラッドはてっきり、厄介なモンスターの存在が確認されたため、自分たちに討伐してほしい頼みに来たのかと思っていた。


「…………もしかして、俺たちの会話を嗤った冒険者に関しての謝罪、ですか?」


「えぇ、その通りです」


答えに辿り着いた。

ただ、何故その件に関してわざわざ冒険者ギルドの職員が謝りに来たのか、それが理解出来なかった。


「あの、別に大して気にしてません。新しい街に訪れれば、あぁいったことは良くあることなので」


自身が生まれた街でも似た様な事があったため、アラッドとしてはイラつきこそすれど、言われてしまう件に関しては仕方ないと諦めているところもある。


「……そう言っていただけると、幸いです」


(どうして、ここまで低姿勢なんだ? 嗤われたのは事実だと思うが、その後問題に発展したわけではないのに………………待てよ。もしかしてこの街の職員たちは、あの件を知っているからこそ、ここまで低姿勢なのか?)


この街で問題を起こしてない身としては、どうしてここまで低姿勢で謝られているのか解らない。

だが、過去の経験を……冒険者に成りたての時機に起こった経験を思い出したアラッド。


既に一年以上も前の話ではあるが、アラッドはあの一件を忘れてはいなかった。


「もしかして、面倒な人達が俺にダル絡みをした場合、その冒険者たちを追放、冒険者資格を剝奪しなければならないと考えてるのですか?」


「…………はい」


無礼な態度と思われるかもしれない。

自分の首が飛ぶかもしれないというプレッシャーに耐えながらも、男性職員はギルドの考えを伝えた。


「ふぅ~~~~~~……そう、ですね。既に起こってしまった内容を考えれば、あなた方がそう身構えてしまうのも致し方ないでしょう」


アラッドにとっての逆鱗の隣をなぞってしまった冒険者が、結果として冒険者資格の剝奪、追放に至ったのは事実。


今、どう過ごしているのか全く解らない少年、ギルの存在を思い出し……心の中で舌打ちを鳴らす。


「ですが、安心してください。俺はむやみやたらに自分たちにバカ絡みしてきた同業者たちを追放する気はありません」


当然ながら、アラッドは暴君の様な振る舞いをしたい訳ではない。


(バカ絡みしてきた冒険者たち全員から冒険者資格を剥奪してたら……今頃何人の冒険者を無職にしてたことやら)


同業者たちとはなるべく仲良くしたアラッドではあるが、侯爵家の令息が冒険者として活動している……という理由以外にも嫌われる要素があった。


特に同性の冒険者から嫌われる要素が強い。

その要素とは……アラッドの将来性、現段階での財力、容姿…………要約すると、女性からモテるからである。


実はこれまでにも、恋愛感情からくる嫉妬が爆発し、勝負を申し込まれたことがあり、その数は一度や二度ではない。


そのため、そういったバカ絡みも含めれば、これまで十人以上も追放していることになる。


「ほ、本当ですか」


「えぇ、本当です。そもそもな話、俺にそんな権限や権力はありません。勿論、彼らが実際に絡んできた場合は多少の怪我を覚悟してもらいますが、再起不能にしたり殺したりするつもりもありません」


侯爵家の令息と言えど、アラッドは次期当主ではない。


ウィラーナの冒険者ギルドがアラッドを過大評価しているだけであり、実家を頼らなければアラッドが望んで冒険者を私情で追放することなど出来ない。


「ただ……個人的に、そういった絡まれ方をして欲しくないという思いはあります」


とはいえ、可能であれば面倒な絡まれ方をされたくないというのも、アラッドの本音なのは間違いない。


「っ、かしこまりました。こちらの方で、しっかりと対処させていただきます」


「そうして貰えると助かります」


持ち帰って考えなければならない事はあるが、それでもアラッドにその気がないと知れただけで、男性職員としてはホッと一安心だった。

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