七百七十七話 経験値の恐ろしさ
「あ、アラッド兄さん。フール様って……強いんですね」
「当然だろ。父さんは……ドラゴンスレイヤーだからな」
ガルーレとフールの模擬戦が始まって数分。
リング上では白熱した格闘戦が行われていた。
(丁度ペイル・サーベルスを使わないガルーレの身体能力に合わせてる。合わせた上で……技術面で完全にガルーレを上回ってる)
ジャブをメインに攻撃を行い、時折右も使ってガルーレを攻めるフール。
対してガルーレは己の本能を信用し、見るのではなく文字通り攻撃が飛んでくる気配を感じて避け、防御し、攻撃に転じる。
(普通、相手が全身を使ってるのに、手の攻撃だけで対応するか?)
フールはアラッドから拳だけで戦う場合、どう戦うか……そういったシチュエーションの話もしっかりと覚えており、ガルーレが変則的な体勢から蹴りを繰り出したとしても、上手く片腕でガードして、残った腕で腰を捻りながらパンチを放つ。
「ねぇ、アラッド。フールさんって、本当にロングソードがメインの武器、なの?」
「あぁ、それは間違いない。ただ…………スティームがそう思ってしまう気持ちは、解る」
「それは良かったよ。それにしても、あんな体勢からパンチを放てるなんて……発想が柔軟って解釈で良いのか」
「………………実は、あぁいうの俺が教えたんだよ」
「そうなの!!??」
「いや、本当にこう……遊び感覚というか、そもそも父さんがあぁいった戦いをする機会がくるとは思ってなかったから、真剣に考えて教えてた訳じゃないんだが……無茶苦茶合ってるんだよ」
「うん、そうだね。物凄く自然体の動きに思える」
ガルーレの蹴りを避ける為に大袈裟に回避。
地面に転がるも、蹴りが放たれる前に片腕で地面を思いっきり押し、超変則的なブロードパンチを放つ。
「…………まぁ、アッシュとは別だろうな」
「半端じゃないセンスや才能からくる動きではないっていうこと?」
「多分だけどな。父さんの場合、元々素手で戦うのが不得手ではないのは間違いない。ただ、これまでの膨大な経験から、俺が教えた事を大して反復練習したり実戦で繰り返し使わずとも、自分のものにできたんだと思う」
「……経験の大切さというか、恐ろしさを感じるね」
フールがガルーレと勝負をする為に、わざと身体能力を調整することはスティームも気付いていた。
その上で……ガルーレが放つ拳や蹴りは、今のところフールに直接ダメージは与えられておらず、全て回避するかガードされてしまっている。
逆に、フールが放つ攻撃はガルーレに手痛い重鈍なダメージこそ与えてないものの、体には既に複数の青痣、切傷が刻まれていた。
(拳による攻撃で切傷が生まれることに驚きはしないけど……あぁいう拳が、キレてるって言うんだろうな)
アラッドはフールと同じタイプであり、メインの武器はロングソードだが、素手で戦うのは不得手ではない。
なんなら、フールよりも実戦で使ってると思っていた。
(対人戦とモンスター戦ではまた別だと思うが……他の攻撃はともかく、あのジャブは……うん、恐ろしいな。前世でそこまでボクシングに詳しかった訳じゃないけど、父さんが放つようなジャブが……世界を取れるジャブなんだろうな)
ガルーレに必要以上に距離があると感じさせたジャブ。
そのパンチに、アラッドは美しさすら感じていた。
「でもさ、ペイル・サーベルスを使えば、また戦況は変るよね」
「そう、だな……変るとは思うが、スティーム…………お前にしては珍しいな。この戦いは模擬戦だぞ」
「あっ、は……ははは。そうだったね」
「確かにペイル・サーベルスを使えば戦況は変るかもしれないが、おそらく一瞬だけだろうな。それに、おそらくガルーレはペイル・サーベルスを使いたくない筈だ」
「反則になるから?」
ペイル・サーベルスなどのスキルを除いた戦いをしたいのか。
そんなスティームの考えは……ガルーレの中に全くないわけではなかった。
しかし、フールの素手による戦闘力、技術力を知った結果……大部分を占めているのは、別の理由だった。
「違う。ペイル・サーベルスは、おそらく俺の狂化と少し似てる」
「身体能力を上げるだけではなく、高揚感が増すところ?」
「そう、そこだ。俺の狂化ほどではないにしろ、ガルーレのペイル・サーベルスにもそういった……デメリットと捉えられなくもない部分がある」
「……っ! つまり、そのデメリットによって起こる技術力の低下を恐れてる、っていうこと?」
「俺の勝手な予想だけどな。仮にペイル・サーベルスを使ったとしても、父さんは身体能力の制限を調整すれば良いだけの話。結果として、失われた技術力によって差が広がる」
既に攻撃は両拳、拳から放つ魔力の砲撃だけで、十分過ぎるハンデ。
ガルーレは拳、脚、膝、肘、魔力による砲撃、斬撃刃を使用してるが……どれも手痛いダメージに繋がらない。
そして模擬戦開始から約七分後……ガルーレの疲れによる判断の遅延の隙を見逃さず、フールが懐に潜り込みアッパーを……寸止めした。
「っ……はぁ~~~~。降参です、参りました」
ガルーレが降参宣言をして模擬戦が終了すると、観戦していた孤児院の子供たちから両者に対して拍手が送られた。
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