七百三十三話 凄いんだぞ

「フローレンスが言った通り、それなりに殴り合いには自信がある。一番得意という訳ではないが、大剣も使える。だからこそ……貴方と戦えたフローレンスが羨ましいと感じた」


アラッドは自分が褒められることには慣れていないが、逆に褒めたい相手を褒め、称賛する時は一ミリも遠慮することなく全力で称える。


「そ、そうか…………アラッド程の実力者にそう言ってもらえると、素直に嬉しく思ってしまうな」


「あらあら、アラッド。ラディアさんとの試合は楽しくなかったのですか?」


「そうは言ってないだろ」


「それでは、代表戦でラディアさんとライホルトさん、どちらとしか戦えないとなれば……どちらと戦いたいですか?」


「むっ…………」


いきなり投げかけられた質問に対し、どう答えるべきか悩み、固まるアラッド。


先程本人に伝えた通り、アラッドはライホルト・ギュレリックの力に強い関心を持った。

フローレンスを追い込み、リングを断斬した一撃、破山は本当に見事な一撃だったと評価している。


しかし……こちらも先程本人に伝えた通り、ラディアとの試合は間違いなく楽しさがあった。

精霊剣の使い手との初めての戦いということもあり、自分と同じく激しい剣戟を行いながら同時に多数の攻撃魔法を発動出来る超ハイスペックな魔剣士との戦い……楽しくない訳がなかった。


そして本人にとっては不本意であるものの、精霊剣に封印されている精霊に意識を乗っ取られてからの戦闘も……アラッドとしては非常に血肉湧き踊る戦いだったと断言出来る。


どちらかとしか戦えないなら、どちらを選ぶ?

このフローレンスからの質問……非常に悩ましい内容であった。


「…………フローレンス、あまり意地悪な質問をするな」


「ふっふっふ、ごめんなさい。単純にどちらを選ぶのか興味深かったもので」


あのアラッドが、ラディア・クレスターとライホルト・ギュレリック、どちらとしか戦えないとなれば、どちらを選ぶのか……これには、質問をしたフローレンスだけではなく、祝勝会に参加していた者たちもこっそり聞き耳を立てるほど、興味深かった。


アラッドの父、フールの名はナルターク王国にも広まっており、そんな男の息子であるアラッド……戦闘関連の職に就いている者であれば、興味を持たない訳がない。

そしてそんなアラッドは……まだ冒険者として活動を始めて数年以内にもかかわらず、多数のBランクやAランクのモンスターと遭遇し、戦闘を繰り広げ……勝利を得ている。


そんな猛者がラディアかライホルトのどちらを選ぶのか、それは両者の評価に繋がっていたかもしれない。


「悪いが、どちらかと選ぶことは出来ないな……なぁ、スティーム。そう思わないか?」


「ここで僕に話を振るの?」


アッシュの近くにいると、ちょっと面倒だと思う件に巻き込まれそうだったため、なんとなくアラッドとフローレンスの傍に居たスティーム。


今回の主役はアラッドとアッシュ、フローレンスだけなので、基本的に自分に話を振られることはないと、完全に油断しきっていた。


「ただ観てただけの僕としては、どちらと戦っても得られるものがある戦いが出来る、としか言えないかな」


「ふふ、相変わらず謙虚な奴だな」


「それ、アラッドには言われたくないんだけど」


「君は確か、アラッドと共に行動してるパーティーメンバーだったな」


アラッドの経歴等を調べていれば、途中からアラッドが一時的に同業者とパーティーを組んでいるのではなく、継続的にパーティーを組んでいると解る。


「スティームは、俺の兄さん友達の弟なんだ。偶々あって、良かったら一緒に組んで冒険しないかって誘ってな」


「そういった偶然があったのか……ふふ、アラッドの相棒となれば、実力も相当なのだろうな」


「あぁ、勿論だ。なんなら…………スティームがその気になれば、一発KOになるかもな」


敬意を持った相手を褒めるのに遠慮はなく、仲間や友人を褒める際に関しても遠慮というものを知らないアラッド。


そんな男が零した言葉を聞き、その場にいるラディアやライホルトだけではなく、聞き耳を立てていた者たちの視線も集まった。


「あ、アラッド。あんまりそういう事言わないでよ」


「はっはっは、すまんすまん。でも、俺の仲間は凄いんだぞって自慢したくてな」


自分のが仲間がどれだけ凄いか自慢したい。


形は違えど、似た様な感覚を抱いていたアルバース国王は……こっそり頷いていた。


「あっ、でもそうした場合、スティームも精魂尽き果てて倒れるから……試合なら、ダブルノックアウトになるか」


「アラッド、そもそもあれは試合で使って良いものではないと思いますが」


「あぁ~~~~……それもそうだったな。つっても、それ抜きでも強い事に変わりないからな」


試合では、何かしらの技、力が使えない。

それが何を意味するか……既に実戦に身を置いているラディアとライホルトは十分過ぎるほど理解している。


つまるところ、謙虚な姿勢を見せているアラッドと比べれば少々圧が薄い青年は、その気になれば自分たちを一瞬で殺せる力を持っているのだと。

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