七百話 突き抜けている

「ナルターク王国に入ったみたいだね」


「そうか」


初の海外……ではあるものの、特に心が躍ることはないアラッド。


前世も含めて初の海外ではあるが、環境が激的に変わる訳ではない。

加えて、今回は国王同士の自慢大会で訪れただけ。


冒険目的で訪れたならまだしも、国王から依頼されて訪れただけ。


(自由に冒険できるなら、結構ウキウキだったかもしれないが……やっぱり、あまりテンションが上がらないな)


溜息こそ出さなかったが、アラッドの瞳には間違いなく退屈さが映っていた。


「つまらなそうな顔してるね~、アラッド~~~」


「だろうな。代表戦は多少楽しみだが、それ以外は特に何もないからな」


ここまでの道中、当然だが木竜以外のイレギュラーは何もなかった。


盗賊が王家の馬車を狙う様な真似をすることはなく、そういった事を気にしない……というより、知る訳がないモンスターであっても、騎士や宮廷魔術師の数……クロの存在に明確な強さを感じ取り、殆ど襲撃はなかった。


国王と共に行動している以上、イレギュラーを望むなんて以ての外だと解ってはいるが、それでも退屈な日々であるのは間違いなかった。


「アラッド、もしかして何かしらのイベントが起こらないかな~、なんて考えてないよね」


「考えてた」


「っ、やっぱりそうなんじゃないかとは思ってたけど、もう少し隠そうよ」


「スティームに嘘を言っても仕方ないと思ってな。それに、そんな事を願うもんじゃないってことぐらいは解ってるから安心してくれ」


「そ、そっか」


ところどころで、アラッドには少し常識が欠けてるのでは? と思ってしまうものの、そうではなかったようでホッとするスティーム。


「アラッド兄さんは本当に突き抜けてるよね」


「……イカれてるってことか?」


「言葉を悪くすると、そういう言い方になるかもしれない。けど、そういうところがドラング兄さんと大きく違うところなんだろうね」


そこで何故ドラングが出てくるのか? という疑問が浮かぶアラッド。


しかし、特に深い意味はなく、ただアッシュにとって身近にいた比べられる人物がドラングというだけだった。


「ん~~~……けど、あれだぜ。実際に手合わせしたわけじゃないが、ドラングもかなり強くなってるらしいぞ」


「それはそうなんだろうね。中等部にも偶に話が入ってくるよ。だけど、今年の結果はレイ先輩の優勝。正直なところ、アラッド兄さんとの差が縮まってるとは思えない」


ドラングがこの言葉を聞けばどうなるのか……と思うと、恐ろしい。


何が恐ろしいかというと、今のアッシュであれば掴みかかるドラングに勝ってしまう可能性が十分にあること。


「それに、聞いた話だけどアラッド兄さんは、初めてモンスターと戦う時は笑ってたんですよね」


「どうだったかな……けど、倒し終えた後はがっつり吐いてたぞ」


「それは僕も同じですよ。初めてモンスターと戦う……命のやり取りをする時に笑う人なんて、まずいませんよ」


アッシュの言葉に、過去の経験を思い出したスティームたちは全員頷いた。


「面と向かっては言えませんけど、アラッド兄さんとドラング兄さんとでは元が違う。まぁ、ドラング兄さん限定の話ではありませんけどね」


「突き抜けてる、か。確かに、普通に考えればどれだけ自分の力に自信があっても、冒険者になって一年も経たない間にAランクのモンスターに挑もうとしないよね」


「いや、あれは状況が状況だったってのもあるんだが」


色々と言い訳をするアラッドだが、無理があることは本人も解っていた。


そして他愛もない会話で時間を潰すこと、約十日後……アラッドたちはようやくナルターク王国の王都に到着した。


「一応歓迎? はされてるみたいだな」


他国の国王の来訪となれば、歓迎しない訳にはいかない。

歓迎しないだけで戦争ということにはならないが、切っ掛けの一つにはなる……かもしれない。


「……なんて言うか、アラッドもアッシュ君も全く緊張してないね」


「代表戦は俺らが到着してから翌日に行われるだろ。今日緊張する理由はないと思うが」


アラッドの言うことが解らなくもないスティームだが、何故か参加しない……なんなら、アルバース王国の人間ではないスティームが一番緊張していた。


「それに、俺は一応学園のトーナメントに参加したことがある。というか、スティーム。一緒に闘技場で開催されたトーナメントの決勝で戦っただろ」


「っ、そういえばそうだったね。け、けどさ。何というか……今回の試合は、そういうのとはまた別の緊張感があると思って」


「それは……そうだな。一応二人の国王様が見てる前で戦うってのを考えると、多少は緊張するか。けどな、スティーム……お前、俺とあの決勝で戦う時、緊張してたか?」


「えっと………………多分、してなかったかな」


「だろ。今で覚えてる。あの時の、リングに上がった時のお前の目は、完全に俺を倒すことだけを考えていた。今の俺も、似た様な感じってことだ」


国が若手冒険者の代表として選ぶ戦闘者。

そんな強者と戦える喜び……今のアラッドの胸にあるのは、その昂ぶりだけだった。

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