六百七十五話 勿論、タダではない

「アラッド……それは、どういう事だ」


怒ってはいない。

ただ……レイは真剣に尋ねた。


アラッドの言葉から、スティームが本気を出せば必ず一回目は勝つ……この言葉に、対戦する自分たちも本気であるという意味が込められていることは解る。


だからこそ、納得出来なかった。


「言葉のままの意味だ。一応個人情報? だから言わないが、スティームはそれだけの強さを持ってる、紛れもない強者だ」


「あ、あははは……」


友人に、目指す目標に「こいつは紛れもなく強者だ」なんて言われれば、当然嬉しくて頬が緩む。


それは良いのだが……友人の友人に向けられる視線がちょっと痛い。


「……もう少し、説明を付けてくれないか」


「そう言われてもな…………特大の切り札を持ってる。それだけしか言えないな」


切り札であれば誰でも一つや二つは持っているもの。

アラッドから教えられるのはそこまでだった。


「……………………スティームさん」


「は、はい。なんでしょうか」


思わずがっつり敬語になるスティーム。


「王都に滞在している間、食事をご馳走させてもらう。なので、一度私と……本気で戦って頂きたい」


自分の我儘を押し付ける場合、相手にとって利が無ければならない。


昔から冒険者を志していたアラッドからいつか言われた言葉が頭に浮かび、何か相手に利が無ければならないと思い、飯を奢ると提案した。


(えっと……レイ、それはある意味、デートのお誘いになるんじゃないかな?)


(こういうのって、基本的に男側が奢るもんじゃねぇのか? けど、誘ってるのはレイの奴だし? 間違っちゃいねぇのか)


(れ、レイのファンたちがいなくて良かった~~~~~)


(あらあら、これはこれは……ふふ、面白そうですね)


(……レイにそのつもりはないでしょうし、スティームさんも全くそういった受け取り方をしてないように見えますけど……ちょっと天然が零れましたわね)


(ワクワク、する)


ヴェーラだけが二人の勝負を楽しみにしており、他のメンバーはある意味ちょっとドキドキワクワクしていた。


「ったく。スティーム、お前に任せる」


「え、えっと…………うん、解ったよ。それじゃあ、一戦だけやりましょうか」


「ありがとうございます」


こうして今度はスティーム対レイの模擬戦(本気)が行われることとなった。


「二人共、まぁ……あれだよ。あまりエキサイトし過ぎないようにね」


先程までの模擬戦と違い、アレクが審判を務める。


「アラッドさん、本当にレイさんは負けてしまうのでしょうか」


「とりあえず、この模擬戦は負けると思いますよ、マリア嬢」


「……でも、あんなに集中しているレイさん……トーナメント以来でしょうか」


マリアだけではなく、ベルたちから見てもあそこまで集中しているレイは殆どみない。


「な、なぁ。スティームもあれか、アラッドみたいにおっかなさが増すのか?」


「狂化を使った状態を考えると、おっかなくなるってのは否定出来ないな。ただ、スティームの切り札はそう言うのじゃない」


「だよね~~~~。けど、あれを使われると、私も勝てないんだよね~~~」


「ま、マジですか」


「うんうん、マジマジ超マジ」


ペイズ・サーベルスが強化スキルとしては扱い辛いというのを差し引いても、切り札を切ったスティームは本当に強い。


「そろそろ始まりますわよ」


視線が二人の動きに注視する。


「それでは……始め!!!!」


「ッ!!!!!! っ!!!???」


「っ……そこまで!!!!!!!!」


強い終了の声が鳴り響いた。

あっという間、という言葉が相応しいほど……模擬戦は一瞬で終わった。


もしかしたら、レイがその結果に納得出来なかったかもしれない。

そんな万が一の可能性を考え、アレクは普段出さない声で終了の合図を告げた。


「ふぅ~~~、やっぱりそこまでは反応するよね」


スティームがレイの背後に回った時、首だけは動いていた。


「……おみそれしました」


「いえいえ。正直、超緊張しましたよ」


本気と宣言しただけあり、スティームは久しぶりに心臓がバクバクした。


いや、ここ最近はバクバクする機会が多いものの、基本的には何年かに一度……もしくは五年に一回来るか否かのバクバク感。


スティームを相手にそこまで緊張させたことを考えれば、結果だけでレイの実力は測れないというもの。


「い、一瞬……でしたわね」


「走った…………走ったん、だよね、アラッド」


「あぁ、そうだぞ。瞬間転移とか、スティームはそんなスキル持ってないぞ」


であれば、どう移動したのか。

全くもって疑問が尽きない。


背後に回って首に剣先を添えた。


その試合内容、結果は解る。

何故その様な結果に至ったのか、エリザたちはそこがどう考えても正解に辿り着けなかった。


「…………………ッ!!!!!! アラッドさん、もしやスティームさんは……色の付いた雷を、使用したのですか」


「正解だ。よく観えたな、マリア嬢」


「「「「「「「「っ!!!???」」」」」」」」


本日、何度目になるか分からない衝撃がベルたちの顔に走った。


誰かがあり得ない……そう口に仕掛けたが、マリアの推察した通りでなければ、ギリギリ飲み込めないのも事実だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る