六百五十八話 そうじゃない弟

「……………」


どこからどう見ても元気がないアラッド。


既に三人はロンバルクから出発し、王都へと向かっている。


(自国の国王陛下に会えるっていうのに、ここまで露骨にテンションが下がるのはアラッドぐらいじゃないかな)


友人のテンションがあまりにも下がっているため、スティームは何かアラッドのテンションが上がる話題はないかと

探る。


「……そうだ! アラッド、王都に行けば久しぶりに弟さんや妹さん、友人たちに会えるんじゃないかな」


「っ、そうだな……別に国王陛下に会いに行って、即別の場所に行かなければならない訳ではないしな」


アッシュやシルフィー、レイやベルたちと会えるのは確かに嬉しい。


別れてから一年と少し、それだけ会っていなければ十分久しぶりと言える。


「そういえば、学生の中からも代表? が選ばれるのよね。アラッドから見て、この人かな~って生徒はいるの?」


冒険者代表枠は自分。

では学生代表枠はいったい誰なのか……考え始めてから数秒でとある人物が頭に浮かんだ。


「一番可能性が高いのは、レイ嬢だろうな」


去年のトーナメントで一年生ながら、二年生や三年生の参加者を撃破し、ベストフォーに食い込んだ超新星。


彼女もアラッドと同じく戦闘大好き貴族な面が強く、別れてからも毎日鍛錬を積み重ね続けている。


「あっ………………そっか、そうだよな」


「ど、どうしたの?」


何を思い出したのか、急にテンションが再び下がってしまったアラッド。


弟や妹、友人たちと再会出来ることに喜んでいた筈が、一気に急転直下。


「……学園に行けば、俺の弟がいるんだよ」


「弟って、戦いにあまり興味はないけど、超つよつよな弟君?」


「アッシュではなく、俺と歳が同じもう一人の弟だ」


もう一人の弟と言われ、二人は十秒ほど考え込み……ようやっともう一人の弟、ドラングを思い出した。


「あぁ~~~~。アラッドと超仲が悪い方の弟君だっけ」


「簡単に言うとその弟だな」


「な、なるほど~~。事情を考えれば、テンションが下がるのもむりはないね」


何故ドラングと会うかもしれないとなればテンションが下がるのか。


元々仲が悪いから?

確かにそれはあるが、最後の最後……トーナメントが終わってから会った時、アラッド個人としてはどうしようもなく修復できない関係にはなっていないと感じた。


だが……だがしかし!!!


今回、アラッドは冒険者代表枠……になるかもしれないという事情を抱えて向かう。

ここでドラングが学生代表枠に選ばれているならまだしも、アラッドの記憶の中にあるレイとドラングが戦えば……十中八九勝つのはレイ。


ドラングもあれから成長している?

それはそうかもしれないが、それはレイも同じである……両者の間にある差はそう簡単には埋まらない。

両者が共に全力で走り続けているのであれば、二人の戦闘スタイルが似ているということもあり、何年、十数年……何十年と努力し続けても、埋まるか怪しいところ。


「……あいつもガキじゃないんだ。いきなり殴りかかってくることはないだろう」


「えっ、ドラング君ってそんなに怒りやすい子なの?」


「本当に子供の頃は、割と面倒な性格をしてたな。学生になってからはちょっと落ち着いてたし……軽い暴言が飛んでくるか、睨まれるだけだと思う」


「それは……子供じゃないの?」


「子供ではないんじゃないか。大人でも気に入らない相手を睨むことはよくあるだろ」


アラッドは殆ど経験がないが、睨まれる側の経験は何度もあった。


「アラッドはその弟君のことが嫌いじゃないんだよね」


「そうだな。子供の頃はちょっと鬱陶しいとは思ってたけど、よく考えれば……俺みたいな普通じゃない人間が傍にいたら、あぁなるのは当然だろうからな……今は何と言うか、不自由だけど悪くない関係? だと俺は思ってる」


当時を振り返り、まだまだ自分も子供だったなと反省するアラッド。


「……でもさ、ドラング君はアラッドに対する不満みたいなものを、一度は解消したんだよね」


「解消というか、一度全力でぶつかったから……ある程度発散は出来たかもしれないな」


「それなら、今回アラッドが冒険者代表枠に選ばれても、また不満が爆発するようなことはないんじゃないかな」


憶測でしかない。


それでも……アラッドから話を聞いている限り、本当に人として終わっているようには思えなかった。


「ねぇねぇ。もし弟君がまだアラッドに対して不満を持ってるなら、そもそもアラッドが冒険者になってから耳にした功績の数々のせいで、既に爆発してるんじゃないの?」


「そ、それは………………ぜ、全然あり得そうだな」


少し考えれば解る流れ。


だが、アラッドは冒険者としての活動に夢中になっていたため、すっかりその可能性に対して忘れていた。


(別に仲良くティータイムをしたい訳ではないが、数年後には普通に話せるようになれたら良いなとは思っていたんだが…………一生無理、という未来もあり得そうだな)


これまで短期間の間に功績を上げてきたことに公開など微塵もない。

しかし、そのお陰で弟との関係が悪化してしまうのは……少し寂しかった。

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