六百十五話 敢えて上げるなら

「はっ!!!??? ちょ、まっ………………」


速かった。

それはもう……圧倒的な速度と言えた。


アラッドが一応展開していた感知網を速攻で潜り抜け……何処かに行ってしまった。


「…………嘘、だろ」


もう追うには絶望的なほど距離が離れており、クロの鼻でも追えない。


一応通った穴に糸を通わせればなんとか出来なくはないが……やるには既に距離があり過ぎる。

場合によってはアラッドが糸を操れる範囲を越えてしまう。


「……すまん、スティーム」


「いや……アラッドが、謝る事じゃ、ないよ。なんと言うか、僕も…………ソルヴァイパーから攻撃が来るかもしれないって思って、ワクワクしながら待ってたから」


「だよな。そう……思ってしまうよな」


まだ完全に後がない状況ではないが、このまま押され続ける戦況が続けば、いずれ討伐されてしまうことは確実。


そんな中、ソルヴァイパー自身も驚く力を会得。

覚醒状態と言っても過言ではない状態となり……アラッドやスティームだけではなく、クロとファルですらこれから更に激しい戦いになると思い、闘争心を熱く燃やしていた。


だが……肝心のソルヴァイパーは自身が会得した力を冷静に把握し終えた後……少なくともスティームとファルは完全にこちらの出方を待っていると把握し……新たに得た力を全力で逃走に使用した。


「……………………マジか」


地面に腰を下ろし、力なくうなだれる。


ソルヴァイパーは戦闘を好む性格ではなく、逃走癖がある。

そんな事は実際に戦う前から解っていた事実。


そう……解っていたにも関わらず、逃してしまった。


(…………だって仕方ないだろ、とは言えないな。冒険者なら……プロなら、私情を優先して逃してしまうのは駄目だ)


冒険者が獲物を逃してしまうのは珍しくない。

これまで依頼達成によって得られる金額、縁などに釣られて多くの冒険者たちがソルヴァイパーに挑んだが……返り討ちに合うか、逃げられていた。


決してアラッドたちだけがやらかしてしまった失敗ではない。

BランクやAランクの冒険者であってもやってしまうミスであり、一回逃してしまっただけでプロ失格とはならない。


ただ……今回の件で唯一二人がやらかしてしまったと言える点は……白雷を使用出来るソルヴァイパーを誕生させてしまったこと。


元々ソルヴァイパーは戦闘を好まないのだから大丈夫なのでは? と考えるかもしれないが、冒険者ギルドとしてはそう簡単に片づけられる問題ではない。


「ふぅ~~~~~~~~…………あれだ、今酒があったら……呑んで呑んで呑みまくって、酔って潰れたい」


「僕も、同じ気分だよ」


まだ太陽が沈み始めてないこともあってか、二人は腰を下ろしたその場から動く気になれなかった。


「「…………」」


従魔の二体も主人と同じく、元気がない。

もっと自分がそういった状況を予想していればという責任感すらあったが……二人がそれを直ぐに感じ取り、お前たちは悪くないと撫でて慰める。


「……まぁ、あれだな。ちゃんとギルドに報告しないとだな」


「そうだね。後から問題になるからって言うより、僕達が報告しなかったら犠牲者が増えるかもしれない」


「臆病なモンスターなんかに負けるかって意気込む人もいるだろうが……白雷。色の付いた魔力を操れると知れば、少しは落ち着いて考えられるだろうな」


これ以上ここで腰を下ろしていても仕方ない。

膝を叩き、気合を入れて立ち上がり……もう用はないため、街に向かって帰る。


ただ、二人の足取りはすこぶる重かった。


やらなければならない事は把握しており、二人はそれが出来ない程子供ではなく……バカでも屑でもない。

それでも、今回の一件…………物凄くやってしまった感が強い。


そのやらかしてしまったが故に発生する何かが、自分たちだけに降りかかるのであればまだしも、ソルヴァイパーがもうこの地にいないことを考えれば、まず一人の少女が死ぬ。

犠牲が生まれたことだけは確かだった。


(…………スティームがなんと言おうと、今回の一件は俺のミスだ。スティームとファルは……仕方ない。実際にソルヴァイパーと戦っていた当事者だ。それなりにアドレナリンが出てた筈だ……それに加えて、赤雷で止めを刺そうとした瞬間に覚醒? して白雷を会得…………逃走癖を持っていると頭の何処かで解っていたとしても、そこからの激闘を期待するなと言うのは無理な話だ)


やはり実際に戦ってはおらず、少し離れた場所から観戦していた自分こそ、ソルヴァイパーの逃走癖を忘れてはいけなかった。


絶対に監視員から観客に変わってはいけなかった。


(……自分に厳し過ぎる、とか関係無い。強い奴と戦う為にここまで来たことを考えれば、尚更逃がしてはいけなかった……ギルドには、ちゃんと伝えておかないとな)


今後の評価にどう影響するのかなど、考える必要はない。


ただ、何が原因でそんな事を起こってしまったのか、事実を伝えるのみ。

それで評価が下がろうとも……それこそ、仕方ないという話だった。


そんな相変わらず街に到着しても足取りが重い中、ギルドに入ったアラッドの目に、気になる依頼書が入った。

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