四百六十九話 ルールがある戦い
(まずはオーソドックスにロングソードの使い手か)
両冒険者解説は終了し、コロシアムで審判を務めている男性が二人にルール説明を行う。
「解っているとは思うが、絶対に殺してしまうような攻撃を行った場合、反則負けとなる。毒に関しても、致死性の高い猛毒は使用禁止だ」
両者ともに頷き了承するが、アラッドは多分向こうにはそんな余裕があるとは思えなかった。
(対面している今はまだ解らなくても、戦い始めれば嫌でもその差が解る筈。そうなってくると、向こうは殺す気で襲い掛かってくるしかないと思うんだけどな)
今のところ……アラッドとしては全然ウェルカムな心構え。
逆に言えば完全に目の前の青年を嘗めているのだが、上手くポーカーフェイスで隠しており、相手の茶髪青年にはバレていない。
「それでは、お互い悔いが無いように全力でぶつかるように」
(全力でぶつかったら殺人犯になるって)
審判の言葉にツッコみながらも、ゆったりとした構えを取る。
(あいつ……完全に俺のこと、嘗めてやがるだろ)
先程まではポーカーフェイスで隠せていたが……もう試合が始まるといったタイミングで、アラッドは得物であるロングソードの柄に手をかけていない。
それどころから亜空間に鋼鉄の剛剣・改を放り込んでおり、徒手格闘の構えを取っている。
アラッドが大会でロングソードを得物として戦っているという話は広まっており、当然茶髪青年も知っていた。
「すぅーーーー……始めぇえええええっ!!!!!!」
嘗めているならそれで良い。
その傲慢に伸びきった鼻を、プライドをへし折るだけ。
直ぐに切り替えた茶髪青年のメンタルは流石と言えるもの。
アラッドと同じく事前に体を温めており、踏み込みの速さ、斬撃の速度など……ベストコンディションから放たれた一撃を見て、審判はさすがのアラッドでも表情が揺らぐと予想。
(っ……流石、怪物や超新星と呼ばれる実力を持つ者、ということか)
放たれた初撃に対し……アラッドは確かに笑みを浮かべていた。
何年も……十年以上もコロシアムで審判を行っている男は、圧倒的に動体視力が向上しているため、戦闘中の選手の表情を見間違えることは、まずない。
(うん、思ってたより良い動きするな)
動きは少々大雑把ではあるが、全く技術がない訳ではない。
初撃から次の斬撃への動きも悪くない。
アラッドが試すようにカウンターで拳打を放つが、ほんの少し表情に焦りが浮かぶも、冷静に回避。
(これなら、白ける戦いをせずに済みそうだな)
相手選手からすれば嘗めている。嘗め過ぎてるからぶっ殺すしかないという感想しか浮かばない。
それはそれで当然だが、アラッドは今回の戦いを観に来ている観客の事を考えて動いていた。
やろうと思えば、アラッドが騎士の爵位を授与されることに不満を持つアホ騎士たちとの連戦時の様に、殆ど数撃で試合を終わらせることは可能。
しかし、本当にそれをやってしまうと、それはもはや試合ではなく殺戮ショーとなってしまう。
客が変態貴族たちであれば寧ろ大歓声が上がる場合もあるが、本日のイベントを観に来ている者たちの殆どは、その様な試合など観たくない。
直接今回のイベントを取り仕切る者から頼まれたわけではない。
ただ……アラッド自身、今回の戦闘に対して余裕を感じているからこそのサービス。
「がっ!!?? ぐっ、そ……嘗めてんじゃ、ねぇええぞッ!!!」
アラッドとしては、ようやくその気になったなと思い……また少し口端が吊り上がる。
正真正銘の馬鹿でどうしようもない阿呆でなければ「さっきの場面、相手がその気なら終わってた!!」と気付くもの。
茶髪青年もアラッドから自分ほどの戦意、闘志を感じないことなどから、明確に格下扱いされているのだと、本能的に理解。
その理解が……戦意や投資を越えて殺意へと変貌。
「ッ!!」
常人では気付かない変化に気付くのが審判。
茶髪青年の闘争心が殺意に変わったことを即座に把握。
一瞬、直ぐにでも止めるべきという考えが頭を過ったが……相手から殺意を向けられても、アラッドの不敵な笑みは、一向に崩れていなかった。
(……もう、そういう戦いなのだと割り切って良さそうだな)
慢心、油断は良くない。
それでも……両者の魔力の消費量などもその慧眼で把握出来る審判から見て、もう結果は明らか。
大逆転……奇跡を起こせたとしても、覆すことの出来ない絶対的な差が両者には存在する。
その差を証明するかの如く、アラッドは茶髪青年の火を纏ったアッドスラッシュを回避し、蹴りをカウンターで腹に叩きこんだ。
「がっ……ぁ」
「よっ! っと」
蹴り飛ばしてしまわない様に、衝撃を深く重く残す蹴りを食らい、地面に両膝を付いて倒れる。
気合で直ぐに立とうする間も与えず、突風の様な下段突きが放たれ……その拳圧により、完全に自身の敗北を悟った。
「ッ…………参った」
茶髪青年としては、まだまだ自分は戦えると叫びたい。
だが、今回の一戦は命懸けの試合ではなく、ルールがある試合。
ここでその様な言葉を発して戦闘を続けようとすれば、惨めな思いをするだけなのは目に見えていた。
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